小説 川崎サイト

 

古き良き時代


 新しいものほどよくなっているとは限らないことはたまに経験する。バスから車掌が消えたような話だ。バスに乗るとまずは席に着く。そのうち車掌が切符を売りにくるので、買えばいい。満員だと大変だが、その時間帯はほぼ定期券だ。たとえ切符が必要な客がいたとしても、車掌は降り口で待っている。
 この時代の方がよかったのだが、今はバスに乗ってもがらすきで、ワンマンバスでも十分だったりする。それ以前に市バスに乗る機会が減った。マイカーが増えた。そのため、バスはすいているが、生活道路にまで車が入り込み、道で遊べなくなった。
 少し昔のことだが、あの頃の方が良かったのではないかと思えることが多々ある。当然良くないことも多かったのだが、それと引き替えに、良いものも消えたりする。
 また良いものも、より良いものになり、さらにもっと良いものになったため、良いものになり過ぎ、これはこれで行き過ぎたりする。帯に短し、襷に長し。
 それ以前に早くできる過ぎると、愛想も糞もない。両方ない。良い面もないが悪い面もない。この場合の良さは人により違うが。
 今ある便利なものは、昔にはなかったが、別の方法があったし、また時代が新しくなってから生まれた用事もある。
 夏場、蚊が出るので、蚊帳を吊る。単に蚊のために張る。それ以外に使いようがない。魚を捕るときの網になるかもしれないが。
 夏向けに建てられた地方の家は戸が多い。それをすべて網戸にするとなると、大変だ。それに冷房はないので、網戸も暑苦しい。全部開けた方が風の通りが良い。蚊が入ってきても蚊帳の中なら大丈夫。結構無防備な状態で寝ていたことになる。
 蚊取り線香が電気を使ったヒーター式になったり、吊すだけで煙が出ないタイプもある。何か訳の分からない気体でも出ているのか、正体が分からない。
「昔の良かったものを、今、蘇らせる。これです。これ。復活です。ルネサンスです」
「いますねえ、そういう人が、いつの時代も」
「だめですか」
「手が込み、時間がかかるでしょ。趣味ものならいけますがね。だからどうでもいいようなことでならいいでしょう」
「はい」
「昔は良かったと思うのは、今、思うからでしょ。当時はそれが普通だったので、そんな思いはなかったかもしれませんよ。それにその良い頃にも、それ以前の良い頃を思っていた人もいるはずです。さらにもっと昔に。さらにはもう体験したことのないさらなる昔も」
「そうですねえ、石器時代まで遡ると、違うものになり過ぎですが、自然の中に放たれると、そういう記憶がどこかに残っているのか、何かが蘇ります」
「何が」
「ですから野生の本能のようなものです。猫や犬がいろいろなものを警戒しながら動いているように」
「だから人というのは猿よりも弱い動物だったのかもしれませんねえ」
「それでいろいろと道具を使ったりとか」
「そうそう、素手や歯では、野獣には勝てないですから」
「だから人はツールやアイテムに頼るのですね」
「そうでしょうねえ」
 
   了

 


2016年10月14日

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