小説 川崎サイト

 

空の財布


 昔から空の財布を拾うと貧乏になるという都市伝説がある。これは江戸時代からあり、その頃は巾着だろうか。お金を入れる袋だ。ただ巾着はお金を入れるだけではないので、江戸時代なら紙入れだろうか。こちらもお金だけではないので財布とは言えないが、似たようなものだ。
 貧乏になるというのは、空の財布ではなく、底にゴミや綿ぶくなどが残っている。その綿ぶくの中に、埃だらけの小さな貧乏神がいるのだ。全ての空の財布に棲息しているわけではないが。
 運悪く貧乏神付きの空の財布を拾うと、貧乏になる。単純な話だ。なぜ貧乏になるのかというと、貧乏神を持ち帰るためだ。貧乏神がいると貧乏になる。直接の原因ではないが、貧乏の風が吹き、いつの間にか貧乏になってしまう。直接の原因は様々だが、結果的には貧乏人の仲間に入ってしまう。景気の良い人でも、水を掛けられたように静まりかえり、大人しくなる。お金がなくなり動けなくなるためだ。
 竹中は空の蝦蟇口を拾った。かなり大きく、本当に蝦蟇ほどある口をしていた。それを閉める口金のバネがきつく、パンチと閉めるとき、指が振動で痺れるほど。そして中身はなかった。所謂空の財布。
「貧乏封じですかな」
 竹中は妖怪博士に助けを求めた。これは空の財布を拾うと貧乏神が入っており、貧乏になることを知っていたからだ。
「捨てればよろしいかと」
「だから、その捨て場が問題でして。下手なところに捨てると、貧乏神が仲間を連れて戻って来るとか」
「戻る?」
「はい、拾ったとはいえ私が蝦蟇口の持ち主、だから、蝦蟇口から抜け出して、貧乏神が私の元に戻って来るとか」
「その蝦蟇口に貧乏神が入っているかどうかは確率の問題でしょう。余程運の悪い人です。貧乏神入り財布を拾う人などね」
「では、この蝦蟇口に貧乏神がいるかどうか、見てもらえますか。鑑定をお願いします」
 そう言われても妖怪博士にはそんな能力はない。しかし、ぱかっと開けて、中を一応覗いた。暗いので照明の下で見たのだが、貧乏神は見えるほど大きくはない。綿ぶくの中にいるのだから、目で分かるはずがない。
 妖怪博士は蝦蟇口を逆さにして振ってみた。すると、綿ぶくやゴミが目で分かる大きさで下に落ちた。一部は宙に舞って、消えた。
 妖怪博士は「あっ」と声を出したが、もう遅い。
「いましたか、貧乏神は」
「いや」
「お願いします。どうかこの財布を安全なところに奉納するなり、祟らないような場所へ持って行って下さい」
 竹中は、まくし立てるように言い、さっと封筒を差し出した。お礼と書かれている。そして、逃げるように立ち去った。
 妖怪博士はその封筒を開けると、札が数枚。鑑定料と財布の処分代らしい。
 要するに竹中は貧乏神入り蝦蟇口の捨て場を妖怪博士宅にしたようなものだ。
 
 というような話を妖怪博士付きの編集者が来たときに話した。
「その後どうなりました。貧乏になりましたか」
「変わらん」
「それはよかったですねえ。空の財布に貧乏神が入っているとは限らないですから」
 妖怪博士も編集者も、それ以上のことは分からない。見えない世界の出来事のため。
 さて、その世界が実際に見えたとすれば、その事情が分かる。
 それは妖怪博士が蝦蟇口を逆さにしたとき、貧乏神は綿ぶくにしがみつきながら畳に落ちた。その瞬間、部屋の片隅の綿ぶくの中からかなり大きな貧乏神が出て来て、襲いかかったのだ。縄張り荒らしと見たのだろう。貧乏神が貧乏神を追い出したことになる。
 そしてその大貧乏神は、妖怪博士宅に居続けている。だから、その後、様子はあまり変わっていないのだ。
 
   了

 


2016年10月23日

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