小説 川崎サイト

 

妖怪夜太郎


 ある夜、うろうろしていたためか、吉田は風邪を引いたようだ。秋が深まり、冬のような冷たい風が吹いていた。要するに体が冷えたのだ。よくあることなので問題はないが、風邪が腹に来たようで、調子がおかしい。あとはくしゃみが出る程度で、これも問題が出るレベルではない。真冬なら始終あること。
 それよりも、うろうとしていたことに問題がある。不審者と間違われることはないが、意味もなく夜の町内を自転車で走っていた。これはたまにあるが、始終ではない。ちょっと外の空気が吸いたいと思い、出ることもある。また、良いことでも悪いことででも興奮し、じっとしていられないときがある。そういうときも外に出る。
 では昨夜、外に出たのはどれに該当するのかと考えると、原因がない。何かに煮詰まったわけでもない。ふっと出たくなった。本来なら夕食後、のんびりと過ごしている時間で、この時間からの用事はないため、外に出ることもない。
 その夜、出たには出たが行くところがない。目的がないためだ。それで小一時間ほど自転車で町内を一周した程度で戻ってきた。このとき冷えたのだろう。風が強かったことを覚えている。
 翌日腹具合が悪いし、鼻水が出放題。これでは部屋でじっとしてるしかないが、寝込むほどでもない。
 誰かが誘ったのか、呼び出したのではないかと吉田は考えた。どうしてそんな考えになったのかが問題だが、外に出た理由が分からないままのためだろう。
「そういう妖怪はいませんか」吉田はよりによって近所に住む妖怪博士を訪ねた。これは相談するような内容ではない。仮にそうだったとしても、なぜ妖怪博士なのか。
「夜に呼ばれたのでしょう」
「何という妖怪ですか」
「夜」
「夜という妖怪ですか」
 夜と絡ませた名の妖怪を思いだそうとしたが、出てこないので、夜だけで切れた。そのあと、何かを加えればいい。
「夜という妖怪がいるのですか」
「夜太郎です」妖怪博士は、やっと適当な名が出たので、それを使う。どうせ、この場だけで終わる妖怪のためだ。しかし、自分ながらシンプルで良い名だと感心した。
「夜が呼んだのでしょう」
「その夜太郎とはどんな妖怪ですか」
「暗くなってから外に出そうとする妖怪です」
「外に出す?」
「夜の世界へおびき出す妖怪です」
「しかし、普通のいつもの町内で、別に夜の世界じゃなかったですよ」
「そうではなく、暗くなってから外をうろつかせることが目的なのじゃ」
「確かにその夜は目的も何もなく出ました」
「だから、あなたは夜太郎に呼ばれたのです」
「夜太郎の目的は何ですか」
「だから、外に出すこと」
「外って、家の外でしょ」
「それで、うろうろしていたのでしょ」
「しました」
「それで終わり」
「え」
「それだけの妖怪で、外に呼び出しただけで、それ以外何もしない。夜太郎の目的は、夜中にうろうろさせるだけじゃ」
「しかし、寒かったので、風邪を引きました」
「風邪と夜太郎との因果関係はありません。だから当然引かない人もいます。夜太郎は夜の世界へ誘うだけで、それで終わり」
 どちらにしても、ふっと夜に外に出てしまった理由が分からないので、夜太郎のせいにすることで、吉田は納得した。
 妖怪博士はとっさの思い付きで、妖怪夜太郎を創作したが、本当にいそうだ。
 
   了


2016年10月29日

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