小説 川崎サイト

 

自称町内警備員


 その人は不審者ではないが、どう見ても怪しい。その町内に住んでいる人で、自称町内警備員。自治会にそんな役はない。当番もいない。年末、火の用心で回る程度。
 大下というその初老の男は大きな屋敷に住んでいる。そこの主が亡くなり、住む人がいなくなったので、大下が住むことになった。一応血縁関係者。主とは伯父甥の関係で、亡くなる前までは同居していた。屋敷は広くはないが、一人暮らしの老人にとってはかえって物騒だ。そこで大下が居候のように住むことになり、そこから警備を始めている。最初は自宅警備で、敷地内だけ。これがすこぶる気に入ったらしく、時間が来れば何度も敷地内を見回るようになる。別に道具は持っていない。よくあるジャージの普段着。
 自宅警備が気に入ったのか、伯父が亡くなると、今度は敷地から出た。そこから町内警備になるのだが、頼まれたわけではない。
 大下屋敷の甥なのだが、住みだしたのは最近のため、町内で見知った人もいない。昼間も夜中も町内をウロウロしているため、どう見ても不審者だ。しかし、彼はそう思われていることなど知らない。自分が不審者を見付け出し、通報したり、場合によっては警告を与えたりする側だと勘違いしている。
 だが、不審者がこの町内に入り込み、何か悪さをしたということなど一度もない。ただ、得体のしれない人間がたまに入り込んでいるが、徒歩ではなく、自転車が多い。
「警備車が必要だ」
 大下は中古の自転車を買い、それを警備車として乗り回した。ただし、パトロール中とかのパネルは付けてない。
 屋敷内の巡回が終わると、町内巡回に出るのだが、少し走っては止まり、何やら確認し、場合によっては指でサインを送ったり、出発進行と、電車の運転手のような合図をする。路地の入り口に来ると、必ず止まり、奥に異変がないかどうかをチェックする。当然すれ違う人に対し、鋭い目付きで見詰め、しばらく視線を外さない。その殆どはこの町内の人だ。
 こんな自称警備員を野放しにしておいてもいいのかどうかと、町内の出しゃばりが言いだし、何とか説得することにした。しかし名分がない。悪いことをしているわけではなく、むしろ町内の治安を守るために活躍しているのだ。
 世話人達が大勢で大下に、その行為を辞めるように、説得に行く前夜、大下はこそ泥を捕まえた。
 当然警察から表彰され、地方紙に小さく記事が載った。これでは止めに入るわけにはいかなくなった。
 
   了


2016年11月9日

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