小説 川崎サイト

 

傘の紐


 沢村はいつものように喫茶店へモーニングを食べに自転車で走っていた。朝から雨だが、出るときには止んでいた。昨夜も出掛けたとき降っており、傘をそのとき使ったまま前籠に引っかけていた。
 傘を差していこうと思っていたのだが、その必要がなくなったので、その傘を自転車の後輪の横に引っかけた。いつものことで、晴れの日でもそのまま差し込んでいることが多い。
 天気も鬱陶しいが、何ともすっきりとしない日々を沢村は送っていた。それが鬱陶しい程度なら問題はないのだが。
 しばらく走っていると、妙な音がした。何だろうかと確かめようと思っているとき、ペダルが重くなる。何かを巻き込んだようだ。何か。それはすぐに分かった。傘を巻いて締めるときの紐だ。後輪の横に差し込むとき、締めていなかったのかもしれない。昨夜、傘を差して戻り、そのままの状態だったようだ。これは何度もあるので、自転車を止め、傘の紐を引っ張り出そうとしたが、あるところで止まった。悪いところに噛んでしまったようだが、フルカバーのチェーンカバーなので、よく見えない。カバーと本体の隙間に入り込んだのか、それさえ分からない。紐は自転車の口の中に入り込み、くわえ込まれたような具合。
 いつもならタイヤを逆側に回したり、紐が切れない程度に引っ張るのだが、何ともならない。
 喫茶店へ行く途中に自転車屋がある。紐がブレーキになって、タイヤが回らなかったのだが、それだけは何とかなった。だから後輪を持ち上げながら歩かなくてもいい。
 その自転車屋の前の道は毎日通っている。寄ったことはないが、どんな人がやっているのかは知っている。かなりの年寄りだ。
 狭い間口の店だが、古くからある自転車屋。新品の自転車が一台だけある。それ以上置けないのだろう。
 自転車の前輪を店の中に入れるとき、ブレーキをかけた。その音で奥から親父が出てきた。
 沢村は傘の紐が食い込んだことを言うと、すぐに沢村がやったように引っ張り出そうとしたが、きついようだ。それで工具でチェーンカバーを外すと、ポロリと紐が垂れた。
 チェーンカバーといっても後ろの小さなカバーで、そこは簡単に外せるようだ。チェーンの一部が見える程度。
 カバーを戻し、それで修理終了。百円だった。
 親父は百円玉を握り、そのまま奥へと歩いていった。
 絡まったもの、引っかかったもの、噛んでしまったもの、傘の紐が自転車から抜けないように、色々とある。
 そして百円で解決することもあれば、ずっと絡んだままの事柄も結構ある。
 そして物事が絡んでいるときは、他のものも絡みやすいのかもしれない。
 自転車の件は無事解決したが、沢村は天下晴れて喜べない。まだまだ絡んだ用件がいくつもあるためだろう。
 
   了




2016年11月22日

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