小説 川崎サイト

 

運命鑑定家


 路地の奥の、さらに奥の裏側にある運命鑑定家がよく当たるというので、坂上は鑑定して貰いに行った。しかし、人相や手相や、生年月日とか、星の動きや姓名とかではなく、話を聞くだけの人だった。
「最近変わったことはありませんか」
「何か色々とありますが」
「それは大事なことでしょ」
「そうです」
「そうじゃなく、些細なことで、何か変化はありませんか。昨日今日のことが好ましいのですが、思い出してみて下さい。つまらないことの方がいいのです」
「そういえば久しぶりに散歩に出ました」
「散歩」
「近所を少しだけ歩く程度で、散歩というより運動です。それが何か意味がありますか」
「どうして急に散歩に出られたのですかな」
「ああ、昨日は外食に出なかったからです。夕食は外食か弁当か、まあ、そんなところです」
「外食後も、散歩に出ることができるでしょ」
「外食で外に出たばかりだし、弁当もそうです。また出るというのはねえ」
「それで、昨日は自炊された」
「そうです。食べたあと、いつもなら散歩に出るのを思い出したのです。自分で夕食を作って食べるのは久しぶりでしてね。そのときの癖で食べたあとは外に出たくなったのですよ」
「ではどうして自炊されたのですかな。いつもなら外食でしょ」
「外食に飽きたのでしょう。似たようなものばかりですから」
「それだけですか」
「まあ、少し節約した方がいい事情もできましたので」
「それだけですか」
「油ものが多いので、それも気になって。たまに胸焼けします」
「それがあなたの運勢です」
「はあ」
「その流れが、気運です」
「そんな盛り上がりはありませんよ」
「節約と健康。これが今のあなたの流れの始まりです。既に踏み出したようなものなので、今後もその流れに乗られることですなあ」
「何か運命的なものは」
「運命があり、先のことが分かる前に、既にその兆しが些細なところで出ているのです。漏れているのです。それを見逃さないことでしょ」
「じゃ、昨日久しぶりに夕食後の散歩に出たことが、流れの一環だったのですか」
「そして、運命など知らなくても、既にやっておられるのです」
「散歩がですか」
「これを運命の芽と言います」
「芽」
「気付かなければ、それまでのことですが、気付けば、その芽を育てることになります」
「食後の散歩が芽」
「そうです」
「じゃ、育てる意味で散歩用の歩きやすい靴を買います」
「はい、お好きなように。しかし、次の芽が、また気付かないところに出ていますから」
「はい、心得置きます」
 
   了

 

 


2016年11月26日

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