小説 川崎サイト

 

普通に歩いている人


 板垣はとんでもないことに遭遇した。それはプライベートな問題で、他人からすれば何でもないような話だが、当事者にとっては厄介なことに巻き込まれるためか、心穏やかではない。早速食欲がなくなり、頭の中はそのことでぐるぐる回転し始めた。板垣は頭の回転が速い人間なので、その回転の速さは尋常ではない。目が回るほど。
 とりあえず落ち着こうと思い、外に出た。そして人混みの中に身をさらした。ここでは他人ばかりで、見知った人はほぼいない。
 そこを足の悪い年寄りが歩いてきた。温和そうな人で、顔に笑顔がある。何かを思い出しながら歩いているのだろうか。杖がいるほどでもなさそうで、少し歩きにくそうなだけ。
 板垣は老人とすれ違うとき、羨ましく感じた。それは他の人を見てもそうだ。後ろ姿だけでも、そう思えた。自分だけがもの凄いことになり、他の人は平和そうに暮らしていると。
 つまり、あの人達は普通に歩いているのに、自分は普通ではない。だから、普通に歩きたい。
 しかし、板垣は普通に歩いている。端から見れば、普通の人が普通に歩いているように見えるだろう。そうではなく、本当は苦しみながら歩いているのだ。
 普通に歩いているように見えても、この先どうなるのだろうかと考えると、足が宙に浮いてしまい、タッチ式の自動ドアにぶつかったり、階段を踏み外しそうになる。これは他のことを考えながら階段を降りているのではなく、段を意識しすぎたのだろう。普段なら階段の段など見ないで上り下りしている。
 その問題が発生するまでは、のんびりしていた。思い悩むようなことは、無理に想像しない限り、ない。また差し迫った問題も当然なかった。
 あの頃のように、といっても昨日までのことだが、その頃のように歩きたい。
 少し想像力を働かせると、周囲を行き交う普通に歩いている人の中に、板垣より厳しい問題を抱えている人がいるかもしれない。そしてその人が板垣を見て、平和そうに歩いていると見ていたりする。
 そして板垣の問題などよくある呑気な話レベルなのかもしれない。
 
   了

 


2016年11月28日

小説 川崎サイト