小説 川崎サイト

 

風景が違って見える


「違った風景を見たくありませんか」
「違う場所へ行くとか」
「いつもの場所や、通り道でもいいのです」
「はあ」
「いつもの風景が違って見えることがあるでしょ」
「はい、天気の具合で」
「そうではなく、いつもの風景なのに、それが鮮明に見えたり、明るく見えたり、沈んで見えたりするはずです」
「精神的なものが影響しているのですね」
「そういう体験、あるでしょ」
「そうですねえ。歯医者へ行ってまして、その治療が全部終わったとき、これで解放された思い、外に出たとき、風景が違っていました」
「それです」
「小学校の頃、明日から夏休みになる終業式の後、下校するとき、もの凄く風景が元気でした」
「そういうことです」
「それが何か」
「気の持ち方で風景が変わります」
「それが何か」
「ですから、いつもとは違う風景をもっと見たくありませんか」
「ありません」
「え」
「やはりいつもの風景でいいです」
「新鮮に見えたり、鮮明に見えたりしなくても?」
「ずっとそうなら気が変になりますよ。風景が沈んで見えても、また見ていても、見えていなかった、でも構いません」
「ほう」
「風景なんて、背景でしょ。そこはあまり変化しない方が良いのです」
「違った風景を見たくありませんか」
「はい、特に」
「あ、そう」
「はい」
「気の持ち方で、いつもの風景が随分と違うようになるのですがね」
「ですから、歯の治療が終わったとかに生き生きとした風景、見てますから」
「いつも風景が生き生きと見える状態を望まないのですか」
「疲れますよ。それにあまり大した望みじゃないですよ。気の持ち方だけでしょ。それよりも」
「何ですか」
「最近目が悪くなって、あまりよく見えていないのですよ、風景そのものが。だから眼鏡を変えた方が手っ取り早いです」
「あ、そう」
 
   了



2016年12月11日

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