小説 川崎サイト

 

山の上のお暗


 山の上のお暗と呼ばれる隠者がいる。そんな山上に住んでいるのだから、用事があっても出掛けにくい。ただ、お暗山は深くなく、人里に近い。高い山ではなく、小さな山がいくつもぽつんぽつんとある中の一つ。里からも見えている。
 その隠者お暗は暗い。本当の名は別にあるのだが、里ではお暗さんと呼んでいる。そのお暗さんが住んでいる山なので、お暗山となった。これも昔からある山の名があるのだが、滅多に使うことはない。特別な山ではなく、またわざわざお暗山へ行く用事もない。山菜採りに行くには遠すぎる。
 隠者といっても里との交流はある。買い出しに始終里へ下りてきている。酒やさなかを買いに来る。米や野菜は里に下りてきたときに、もらえる。
 隠者とはいえ、元々は僧侶。ただ怪しげな勧進坊主のようなもの。そのため、里を一回りすれば、食べるものや金銭までもらえたりする。しかし酒は別のようで、これは貰えない。
 お暗さんと呼ばれるようになったのは話が暗いため。一応説法はするが、どの話も結末が暗い。話そのものも苦しいほど暗い。では人気がないのかというとそうではない。逆に暗い話を聞きたがっているのだ。それも非常に不幸な話を。
 そういった微妙なバランスで、この里がお暗さんを養っているようなもの。里には寺もあるが、そこの住職とは仲が悪い。
 お暗さんは出家だが、どの寺や宗派にも属しておらず、勝手に坊主になった人で、元来怠け者なので、出家。つまり、家を出た。貧しい農家の四男坊で、ただの無駄飯食い。働き手が多くても、それだけの農地がない。上の兄は商家に丁稚に行くし、一人は養子になった。
 里のお寺さんと仲が悪いことは、意外と里の人は歓迎している。
 山の上のお暗には粗末ながら家がある。門もある。自分の家を建てるために勧進で回っていたようなものだ。
 怠け者だが、歌を数多く残しているが、歌人としての評価は低い。歌が暗すぎるためだ。
 その歌は今では童歌として、この地方に残っているが、誰が作った歌なのかは不詳のまま。
 
   了



2016年12月12日

小説 川崎サイト