小説 川崎サイト

 

女装社員


 それは違うのではないかと高村は思ったが、異議を挟めない。上司のためだ。人それぞれ意見はあるのだが、それを言い出すとスムースに動かない。よく話し合えば互いに納得できる問題かもしれないが、どうしても「それは違う」と思えることがある。そのため、黙って従うしかない。意見を求められれば別だが、下手に口を挟むと怖い顔をされる。これが怖い。その怖さが来るだけで、何も解決しない。
 ただ、このとき、高村は思うのだが、自分の意見とは何だったのかと。
 その多くは上司の意見に従えば、自分の用事が増える。結構面倒くさいことをやらされる。それを回避するためにでっち上げた意見もある。
 どうせ採用されないような意見なら、最初から言わなければいいのだが、少しだけ抵抗する。これで面倒な仕事を振られずにすむわけではないが、抵抗すれば、振りにくくなるだろう。その程度のこと。
 しかし、今回は違う。「それはない」と思えることを言い出した。これは止めないといけない。意見云々ではなく、誰が見てもおかしなことをやり始めたのだ。
 上司は新規開拓の会社へ女装して行くと言い出した。だから上司はおばさんになり、高村は若い娘になる。ただ、仕事で行くので、スーツ姿だが。
 なぜそんな変なことをするのかと聞くと、面白がらせるためだという。先方が大受けし、大きな注文が取れ、それこそ大受けするかもしれない。
 しかし、そんな奇抜な、奇策に出ると信用を失うのではないかと高村は忠告した。これは意見ではない。女装趣味に釘を刺すため。
 このときの上司の怒りはいつもの倍以上、殺されるのではないかと思えるほど叱られた。
 そして、当日、高村と上司は女装した。上司は上機嫌。
 当然そんな奇策は通じるはずもなく、高村が想像した通りの結果になった。
 帰り道、上司の機嫌は悪くない。
 上司曰く、最初からだめなことが分かっていたので、一度やってみたかったことをしただけと。
 
   了



2016年12月13日

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