小説 川崎サイト

 

冬の暖かい日


 冬の暖かい日、木下は遠出しようと考えた。これはいつも思っているのだが、なかなか実行できない。晴れていても風が強いと、それを理由に出かけない。また、出かけるだけの用事はなく、ただの行楽のようなもの。行くことを楽しむ。それだけのことだが、風が強いと楽しめない。当然、雨が降っていると、行く気は全く消える。雨天決行はありえない。
 当然寒い日もダメ。冬なので寒くて当たり前なので、ほとんどの日は中止、風雨など気にしないほど、いいものがあるのならいいが、木下の行楽は所謂行楽地と呼ばれるような観光地に限られる。それ以外の場所へはめったに行かないのは、見るべきものが保証されていないため。ただ、観光地でも大したものはなかったりするのだが。
 しかし、その日は晴れており、風もなく、冬にしては暖かい。絶好の行楽日和。これでは取りやめる理由はない。しかし、何となく気が進まない。このままいつも通りの日常を淡々と過ごす方が楽なような気がする。それに行き先が決まっていない。ここへ行きたい、あそこへ行きたいというのが、出てこない。行けばそれなりのものはあるのだが、今一つインパクトがなく、押し出しが弱い。
 しかし、この日、出ないと、次のチャンスは遠いだろう。木下は隠居さんなので、土日や平日は関係がないが、できれば人の多い日がいい。そのほうが華やいでいる。そして今日は月曜日。
 人出が少ないので、取りやめる……というのを理由にするには弱い。問題は気がすぐれないためだ。出かけようとする気力がない。すると、これは体調の問題ではないかと、そちらへ振る。確かに風邪っぽい。これは冬場ならそんな感じが多いため、その程度のことは理由にはならない。
 そこまで考えると、出かけないほうが楽しいのではないか。いつもの日常よりも楽しくなければ、出かける理由にならない。しかし、毎回そんなことを思いながらも出かけることになり、そして出かければ出かけたなりに楽しい。だから出かけたい。だが、日常の結界のようなものがあるのか、それを突破できない。ここは目をつむって出ればいいのだが、それでは物にぶつかる。
 結局その日はぐずぐずし、出かけなかった。こういう日が何度かある。今年の冬はこれで二回目だ。三回目か四回目でやっと出ることになる。何度も中止すると春になってしまいそうだ。
 そして前回出かけた日を思い出すと、何も決めないで、いつもの日常コースの途中から、さっと旅立った。急激に何かが沸騰したようなもので、その蒸気が強いうちに出たのだ。
 日常から出る。これは計画性が高いほど出にくくなる。何も考えないで、さっと日常の軌道から抜け出すことが大事。
 その日は出かけなかったが、足首まで隠れる靴を買った。準備するだけなら楽な話のため。
 
   了



2016年12月22日

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