小説 川崎サイト

 

有力者


 多くの利権や人脈を持つ、この地の有力者だが、最近方向性が変わった。利権の一つを手放し、繁華街近くに残っている古民家へ引っ越した。当然、買い取った。それまでは高台の別荘に住んでいた。見晴らしがよく、城の天守からの眺めに近い。岡が高いため、高層ビルも下に見える。晴れた日には海が見え、その先の島まで見えた。一方の窓からは朝日、一方からは夕日も見えた。その天守のようなところから降り、下界へ下ったわけではない。
 古民家は繁華街の裏にあるが、もともとはその屋敷前がこの町のメイン通り。昔は町屋が並んでいた。
 繁華街は歓楽街でもあり、この有力者は、その一部の利権も握っている。それは手放していない。
 この動きをもう一人の有力者が注意深く見守っていたのだが、その謎が解けない。どういうつもりなのかと。
「引っ越した理由ですか」
「そうです」
「いや、欲が変わりました」
「欲?」
「もう十分私欲は果たしましたが、この私欲、別のものを望むようになりましてね。まあ、引退したと受け取ってもいい」
「はあ」
「引退したいという欲が出ましてねえ」
「それで引っ越しを」
「あの岡の坂はきつい。住むにはふさわしくない」
「運転手がいるでしょ」
「車ばかりに乗っていると、足腰が弱る」
「でも、ゴルフとか」
「もう振る力も弱まり、やっていて楽しくない」
「じゃ、ゲートボールでも」
「それはない」
「失礼しました」
「あなたと争わないで済んだのは、覇気が薄れてきたからですよ」
「いろいろなものを譲ってもらいました」
「おかげで楽になりましたよ。あなたはこれからそれを背負わないといけません。しかし、それは望んでのことでしょ。欲しかったものが棚から落ちてきたのですから」
「恩に着ています」
「しかし、いずれその欲が変わります」
「え」
「欲を捨てるという欲が出てきます」
「はあ」
「まあ、心配しないで受け取ってください。おかげでこんないい古民家に住めるようになったし、ほんの数歩で賑やかな場所に出られる。岡の散歩より、繁華街の散歩の方が私は好きだ。見るものが多いのでね」
 結局、この有力者は引退するつもりだと、ナンバーツー
は確信した。それこそ、争わないで、タナボタで手に入れたようなもの。
 その後、ナンバーツーは、有力者にとって代わり、この地の有力者になったのだが、すぐに無力者になった。
 その詳細は分からないが、有力者が手放さなかった小さな利権があり、これがないと大きな利権が稼働しないらしい。いずれにしても、歓楽街裏に引っ越した有力者の罠にはまったのだ。
 年を取ると権力欲が落ちるとは限らない。
 
   了



2016年12月23日

小説 川崎サイト