小説 川崎サイト



低気圧

川崎ゆきお



 けだるい日がある。低気圧が迫り、雨が降る日などがそうだ……と徳田は感じている。
 会社に行っていた頃は気付かなかった。この感じが体調からくるのではなく、気圧からくることを本で知った。
 定年退職組の友人に言うと、五人に二人は該当した。他の三人は家にいない。つまり別の仕事先へ行ってたり、遊びで忙しい。
 該当する二人は在宅組で一日中家にいる。徳田と同じだ。
 会社勤めの頃も雨の降る朝は起きにくく、また元気がなかったことを思い出す。怠け心だと自らを叱咤したが、今思うと低気圧のせいだ。
 台風が接近すると頭が痛いとか、息苦しいとかの症状が出る。低気圧の親玉が来ているのだから当然だ。
 徳田は雨が近いと元気がなくなり、けだるくなるようになったのは、家にいるようになってから数カ月後だ。
 のんびり暮らすようになってから気合いを入れる機会が減った分、気圧が入ってしまった感じだ。
 徳田は夫人にそのことを話した。
「家にいるからよ」
「君も出るか」
「出るわよ」
「言わないじゃないか」
「言うほどのことじゃないからよ」
「家にいると出るのかなあ」
「同じ場所にいるからでしょ。亡くなったお祖父さんなんて、いつも同じ場所にいたでしょ」
「ああ、寝込んでいたからなあ。いつも布団の上だ」
「でしょ、お天気に敏感になるのよ」
「気圧計を買おうか」
「売ってるの?」
「登山用の腕時計だ。それに付いてる」
「時計はいらないんじゃない」
「体につけている方が便利だ。これで体調が悪いのか、天気のせいかが分かって安心するじゃないか」
 徳田は高価な時計を買った。気圧が計れることを自慢したく、友人に見せ回った。
「そんなにはしゃぐと血圧が上がるぞ」
 友人からの一言で、徳田は腕時計タイプの血圧計を買う決心を固めた。
 荒れ模様の空で横殴りの雨が降る朝、徳田は起きるとすぐに街へ出掛けた。
 こういうときは低気圧の影響は受けないようだ。
 
   了
 
 
 


          2007年4月7日
 

 

 

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