小説 川崎サイト



魔術

川崎ゆきお



「魔術って、あると思いますか?」
 庭を掃除していた神主に小学生の坊やが聞く。
 神主は耳が遠いのか、それとも聞き馴れない言葉なのか、聞き取れなかった。
「魔術って、あると思いますか」
「ああ、魔術なあ」
「あると思いますか?」
 坊やは魔術の本でも読んだのだろうか。気になって聞きに来たのかもしれない。
 神主は魔術など存在しないと思っている。それは御神体の神様の存在もそうなのだが、職業柄はっきりとは言えない。
 神主も子供の頃は神様がいると思っていた。父や祖父の神様への接し方を見て育ったので、いるものだと思い込んでいた。
「坊やは何年生?」
「三年」
 神主はその頃、もう信じていなかった。
「魔術とは、どんな術なんだ?」
「物を動かしたり、突然消えたり、手から火の玉を飛ばしたり」
「そんなことをだ、やっている人を坊や見たことあるのかな」
「アニメで見た」
「なるほど」
 神主は訝った。そんなことでわざわざ聞きに来るとは思えない。
「どうして、ここへ聞きに来たんだ」
「神社と魔術は関係あると思って」
 神主が父のあとを継いだ理由の一つが、それだった。魔術師のようなものに憧れたのかもしれない。
 神主の祝詞や祈祷が効果があるとは思えない。彼に神通力がないのではなく、他の神主にもないだろう。
 彼がやっているのは儀式だ。
「ねえ、あるの」
「魔術か」
 ないと答えれば夢がない。あると言えば嘘を言っていることになるが、神主ならそれは通る。神主が神様はいないと言えば廃業だ。いると言うから職業となり、客も付く。
「魔術を覚えてどうするんだ?」
「じゃ、本当にあるんだね。魔術って」
「だから、どうするんだ」
「魔術師になるんだ。魔法の学校へ行って」
「そんな学校はないよ」
「じゃあ、魔術師の弟子になる」
「ああ、なれるといいねえ」
 坊やは走り去った。
 その仕草にいかがわしさを感じた。
 神主は、何か試されたような気になった。からかわれたのかもしれない。
 
   了
 
 


          2007年4月8日
 

 

 

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