小説 川崎サイト

 

物悲しい話


 後戻りとは、それ以前にいたところに戻ることだが、これには区切りがあり、戻りすぎると人間になりつつある猿になったりする。そこまで戻らなくても、ついこの間までの状態。
 季節のように行きつ戻りつしながら、前へ進んでいるのだが、これは行く歩数の方が多く、戻りの歩数の方が少ないため。
 より良さを求め、前に進んだつもりで、以前の方が良かったりすることもある。これは進んでみなければ分からない。だが、より良いと予測して進むのだろう。
 山田は高価なものを買ったのだが、後悔している。これなら以前使っていた物の方が良かった。そうなると、それに支払ったお金が全部無駄になる。それで我慢して使っていたのだが、より悪いものを使っていることになる。
「後悔先に立たずですなあ」
「いや、損をしたと思えば、それで済む問題です」
「しかし、消えたお金は戻らない」
「そうなんです。だから我慢して使っていたのです。そうでないと、物語がおかしくなる」
「物語?」
「そうです。ああしてこうしてこうなったの」
「それは上手く行ったときの物語でしょ」
「はい」
「だから、悪くなったときの物語だと思えば、別に物語がおかしくなることはない。そういう物語なのです」
「失敗談ですか」
「そうです」
「しかし、高い代償です」
「まあ、そうでしょうがね」
「そのお金を貯めるのにどれだけしんどい思いをしたか。それを無に帰すような行為は、やはりしたくない。だから我慢して使っていたのですが、やはり辛抱もそこまで」
「良い品だと思って買ったのでしょ」
「決して悪い品ではなかったのですが、相性が悪かったのです。まあ、相性だけの問題ではなく、思ったいたものとは違っていました」
「よく調べてから買えばよかったのに」
「そうなんです。それまで使っていたものは、かなり気に入っていまして、これは良い買い物だった。それをさらに良くしたようなのが出たので、手を出したのです。ところが、後退している箇所がかなりありました。前のものと交代したかったのですが、これじゃ後退だ」
「つまり、前進しているつもりで後退したわけですかな」
「いや、確かに前進している箇所も多いですよ。しかし、不満の方が多い」
「よくあることですよ」
「しかし、貯めたお金があっという間に消えたようなものです。使っていれば、その後悔はありませんし、良い物語になったのに」
「それも含めて物語ですよ」
「はい」
「その失敗で……」
「え、やはり失敗ですか」
「まあ、その失敗のようなもので、あなたの人生は狂いましたか」
「それほど変わりません」
「生活が変わるとか」
「それもありません」
「じゃ、平和な話ですよ」
「しかし、悔しいです」
「後悔先に立たず」
「まあ、取り返せますがね」
「じゃ、取り返しの付かない話じゃないんだ」
「はい」
「あなたの、その物語なのですが、物の話です」
「はあ」
「物にまつわる物語でしょ。そして買い物の話です」
「そうです」
「私なんて、欲しい物が万とあっても、買うお金がないので、残念ながら、あなたが羨ましい。そんな失敗をしてみたいものですよ」
「あ、はい」
 
   了


2017年1月22日

小説 川崎サイト