小説 川崎サイト



挨拶

川崎ゆきお



「こんにちは、とか挨拶するのは、あなたとは仲間ですよ……ということだよ」
 立ち番の老人が子供たちに言って聞かせる。
「だから、挨拶は大事なんだ。分かったかね」
「挨拶されたときはどうするの?」
「こんにちはと言われたら、こんにちは。おはようと言われたら、おはようと返せばいいよ」
「それで仲間なの?」
「そうだよ。仲間になれたら嬉しいだろ。安心でしょ」
「そうだけど……」
「どうした?」
「知らない人から、こんにちはと言われたらどうするの」
 老人は、少し考えた。
「こんにちはって返せばいいの?」
「そうだね……」
 老人は頭の中を整理していた。
「知らない人から声をかけられたら注意しなさいって先生が言ってたよ」
「はい、そうだね」
 老人はてこずった。
「知らないのに仲間になるの?」
 老人は頭の中をまとめた。
「それはね、君達から先に挨拶するときの話なんだよ」
「じゃあ、知らない人に挨拶するの?」
「そうとも言えるなあ」
 老人はまた、てこずった。
「知らない人だから仲間じゃないよね。挨拶だけで仲間になってしまっていいのかなあ」
 老人は考え直した。
「挨拶は大事なんだ」
 それしか言えなかった。
「ぜんぜん挨拶してもらえない子って、仲間外れの子供なの?」
 さらに追い打ちをかけられた。
「挨拶しないだけで仲間じゃないって可愛そうだよ。知らない人よりも、知ってる子なんだから仲間に決まってるじゃん」
「いいかい。挨拶は大切なんだ。お爺さんも知らない子供から挨拶されると嬉しいよ。それが言いたかったんだよ」
「でも、挨拶すると、それだけじゃすまないなあ」
 老人は黙った。
「だって、たくさん話しかけられるもん。挨拶は大切だとか」
「会話も大切だよ」
「どうして?」
 老人はもう何も話さなくなった。
 
   了
 
 


          2007年4月10日
 

 

 

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