小説 川崎サイト

 

鬼が来る話


 山田は思い付いたことを打ち消す。取り消す。やめる。それだけの理由があるためだろう。そしてほとぼりが冷めた頃、またそれを思い付く。今度は初めての思い付きではないので、思い出す程度。前回取り消した理由も覚えている。納得したからこそ諦めたのだが、時間が経過すると、何とかならないものかと、その理由を弄り出す。その理由が消えれば進むことができそうなので。
 しかし、その理由をいくら弄り、誤魔化し、すり替えても、やはり無理だと分かり、またそこで中止する。
 そして次に来るのが三度目の正直で、今度は何も考えないでやってみる。考えると進めないためだ。それだけの理由がしっかりとあるため。
 しかし正当な理由であっても、本人だけに当てはまることもある。本人が気にしているだけで。
 そして実行し、前へ進めた。心配していたことなど吹き飛んでいる。いつか何処かで現れるのだろうが、今すぐではない。またそのときになってからの話でいいような気がしてきた。
「羽目を外した。歯止めを外したということですかな」
「はい」
「それで悪いことでもおきましたかな」
「自分で作った堰のようなものでして」
「堰」
「関所や防波堤のようなものです」
「それを外すと大変なことになるのですかな」
「そうです。理由ははっきりしています。それが来ます。いずれ、近々」
「はい」
「それは鬼のようなものです。それを封じる何かを下さい」
「御札なら差し上げますが、そんなものは効きませんよ」
「え」
「縁起物ですから」
「ですから、縁を変える意味でも」
「何が来るのです」
「鬼です」
「つまりあなたは鬼が出ることが分かりながら、その封を切ったわけですな」
「そうです」
「じゃ、鬼は封を切って出てきているでしょ」
「そうです」
「しかし、どうして鬼なのですかな」
「鬼です。鬼に決まっています」
「詳細は聞きませんが、気休めになるのなら、御札を差し上げましょう。しかし、効きませんよ」
「はい、よろしくお願いします」
 そしてしばらくして、鬼が出て来た。しかし鬼は呪文の書かれた御札を見て、逃げ出した。効いたのだ。
 山田はこれならいけると、次々と堰や封印を破り、好きなことを始めた。
 当然鬼が出て来たが、御札を見てどの鬼も退散した。
 山田は不思議な気がしてきた。効果のない御札と聞いていたのだが、もの凄く効く。これはどういうことかと、聞きに行った。
「効果がありましたかな」
「はい」
「不思議はことじゃ」
「そ、それだけですか」
「まあ、あの御札程度で効き目があるのなら、大した鬼ではないのでしょう」
「はあ」
「だから、あなたが思っているほど、大したことなどしておられないのではないでしょうかな」
「いや、やってはいけないような」
「やってもいいようなことなのかもしれませんよ」
「はあ」
 山田はそれで好き放題を続けたが、鬼はやはり御札のおかげで退散し続けた。そして今度はあまり好きではないことを、嫌々やっていると、大きな鬼が現れ、御札の効果はなく、鬼に襲われた。
 実に理不尽な話で、腑に落ちぬ話だ。
 
   了


 

  


2017年2月4日

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