小説 川崎サイト

 

心涼やかな


 寒い中、竹中はいつものように自転車で喫茶店へ行く。中に入ると暖房がよく効いているので暖かく、そこでコーヒーを飲むとさらに暖かい。口の中も冷たくなっていたのだろう。熱いのが歯に染む。
 そこでほっとするのだが、最初からそんな寒い中を移動しなければ寒い思いをしなくてすむ。
 喫茶店に入っても特に用事はない。本を読む程度。その近くの小さな本屋があったのだが、消えている。読む本が切れれば、そこで買っていたのだが、最近は電子書籍で読んでいる。すぐに読みたい本が手に入るのだが、外ではネットに繋がらないので、これも自室にいる方が都合がいい。それに暖かい。
 その「敢えて」をなぜしているのだろうか。寒い場所から暖かい場所に入った方が、より暖かく感じられることもあるが、寒暖差がありすぎると、かえって体調に悪い。その証拠に外に出ただけで鼻水が出る。
 心温まる世界とは、心温まらない世界があるから心温かい。では心が寒くなる心寒い世界とは何だろう。これは心細いとはまた違う。普段から心温かいわけではなく、いつもは平温だろう。平熱だ。ほっこりとするのは平熱より少しだけ体温が上がったためだろうか。それは微熱ではないか。熱がある。しかしこの熱は苦しい熱でも、暑苦しい熱でもなく、ほどよい温度だ。
 竹中は暖かさを感じたいがため、寒い場所に出ているのかもしれない。しかし、この寒さは冬なら当たり前の温度だ。
 真夏も竹中はこの喫茶店まで用もないのに来ている。このときは外は暑い。中に入ると冷房で涼しい。これを心温まるとは言わない。心涼やかというべきかもしれない。
 心温まるがいいのか、心涼やかな方がいいのかは分からない。季節により求めているものが違う。
 この季節はそのまま人生の季節とも関係する。年齢だけではなく、置かれている時期にも。
 それで竹中は端末で電書を読んでいたのだが、それは時代劇小説で、その中に「心涼やか美剣士」が出てきた。目元涼やか、立ち振る舞いも涼やか。これも悪くない。「心温かげな美剣士」では弱そうだ。
 涼やかさには冷たいということも含まれる。暑苦しそうな人々がいる中なら、この涼やかさは貴重だろう。
 竹中はどちらがいいのかと考えているとき、暖房が効きすぎているのか、それとも着込みすぎているのか、暑くなってきた。こういうときは涼やかな風が吹いてくれると助かる。
 要するに勝手なものだというのが結論だ。
 
   了

 


2017年2月13日

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