小説 川崎サイト

 

魔人の塔


 魔人の館、あるいは魔人の塔と呼ばれている建物がある。昔は洋館があったのだが、それが消えており、太い煙突のような塔だけが残っている。三階か四階はあるだろう。窓もあることから住むこともできる。当然そこに魔人がいる。だから魔人の塔。
 なぜ塔だけが残ったのかは分からない。景気のいい魔人ではないのだろう。その塔は何のために建っているのかも分からない。魔人のやることなのでそんなもの。
 塔は荒れ野の中にぽつんとある。そのため目立つが、ここに来る人はほとんどいない。荒れ地の向こうは切り立った崖で、海が広がっている。元々荒れ野ではなく、牧場だったようで、魔人の塔も草などを保存する場所。それにしては高すぎる。
 魔人が偽装で牧場らしく見せていたのだろう。母屋の洋館は火事で燃えたようだ。塔はレンガ造りなので、無事だった。
 当然この牧場には持ち主が今もいる。放置家屋に近いが、土地は広い。
 魔人の塔から町へ出るには結構な距離があり、その牧場のためにだけ作られたような道もあるが、今は廃道のように荒れている。廃道手前に普通の道はあるが、町から見ると奥まった場所で、もう牧場と崖しかないので、通る人は希。町に近い場所に別の牧場もあったが、今は養鶏場になっている。魔人はこの養鶏所の縁者らしいが、持ち主も変わっているため、魔人の正体は分からない。
 魔人は一人ではなく、廃墟になった牧場一家を指していた。しかし実際には馬も牛も飼っていない。ただの住居だ。
 その一家をたどれば、その正体が分かるのだが、今は普通の人として都会で暮らしている。その中の一人がたまにこの魔人の塔に来ており、しばらく滞在するようだ。
 黒いマントに黒いフェルト帽。これがこの魔人のスタイルで、荒れ野を自転車で走り回ったり、塔に籠もって、何やら呪文を唱えたりする。これは魔人の儀式らしい。自転車に乗るのは儀式の中にはないので、気晴らしだろう。
 この魔人一家、日本人の顔とは少し違う。荒れ野の崖っぷちから見える海の向こう側から来たらしい。そこは日本海。方角的にはロシア。
 この塔に来ているのは一番異国の顔立ちを残している青年で、何代目かになる魔人だ。それにふさわしい面立ちのため後継者に選ばれた。牧場ができたのは古くはない。それまでは神主をしていた。だから神主一家が牧場を始めたようなものだが、実際にはそれが本職ではない。本職は魔人。
「もうアホなことは辞めんとね」
 都会から魔人の塔へ出かける青年に母親が諭す。
「そんじゃ家系が」
「もうそんな悪習は、あんたで終わりだよ」
「分かってる」
 魔人の家系。その筋の家系なのだが、魔術も魔法も使えない。
 
   了

 


2017年2月18日

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