小説 川崎サイト



ビデオ屋の裏

川崎ゆきお



 満開の桜が散るころだった。工場街を貫く大通りを三村は自転車通勤している。
 桜が雪のように舞い、目にあたったのか一瞬前が見えなくなる。
 三村は歩道をゆらりと走る。晩ごはんはこの先のラーメン屋と決まっていた。
 もう何年もこの桜吹雪を見ている。今年もそんな季節になったのかと、人生規模でものを考える。
 桜並木を抜けたところにレンタルビデオ屋がある。ここ数年借りていない。会員証の期限も切れているだろう。
 この大通りにはビデオ屋は数件あったが、今はこの店を残すのみだ。
 店も小さく在庫も少ない。よくこれで潰れないものだと感心する。
 品数が少ない店は他にもあるが、マニア店だ。逆に普通のビデオは置いていない。
 ビデオテープからDVDへの変わり際を引き際とした店が多い。
 ブロードバンドの普及でレンタルビデオを借りるのは割高になったのだが、誰もがインターネットに接続しているわけではないのか、少ないながらも需要があるのだろう。
 そう考えても、このちっぽけな店が潰れないのはおかしい。
 何か他のことをしているのではないか……というのが三村の結論だった。
 ビデオ屋は表の看板で中は斡旋所かもしれない。よりダイレクトでリアルなことをやっているのではないかと考えた。
 毎晩、前を通っているのだが、客が出入りするのを見たことがない。中は全く外からは見えない。しかし最新作のポスターやノボリが立っていることから、営業しているはずだ。
 建物は長屋のように細長い。一階が店舗で二階が住居のテナント用の建物だ。どの店も間口は狭く、半分以上はシャッターが下りている。
 裏本とか裏ビデオで儲けているとは思えない。もうそんな時代ではない。
 普通のビデオ屋ではありえないような、何か価値のあるものをやり取りしているとしか思えない。
 三村は建物の真裏へ回り込んだ。
 商品は表からではなく裏から出し入れしていると判断した。
 そして客は表から入り、裏からそのレンタルした商品と一緒に出て行く。
 案の定、裏側に勝手口があり、人目につかない暗がりだ。
 想像は確信に変わった。
 三村は財布の中を確認し、ビデオ屋のドアを開けた。
 
   了
 
 



          2007年4月12日
 

 

 

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