小説 川崎サイト

 

鴉天狗


「夜の物が出る」
「何か香の物みたいですなあ」
「香の物?」
「漬け物ですよ」
「まあ、夜の香りに近いかもしれん」
「その夜の物が何か」
「最近出るようなので、それを伐ってもらいたい」
「夜の物征伐ですか」
「夜の物は伐つに限る」
「誰なのですか」
「妖怪変化に決まっておる」
「どのようなものが出るのですかな」
「大きな鳥のような姿をしておる。翼のある人」
「巨鳥ですなあ」
「黒い」
「その大きさで飛ぶのは大変でしょ」
「高いところから飛び降りる程度と聞いている」
「飛び上がれますか」
「さあ、そこまでは知らん」
「では退治しやすい」
「頼みましたぞ」
 その僧侶は薙刀を持ち、目立たないよう提灯も使わず城下へ出た。この深夜、外に出ている者は一人もいない。
 僧侶姿で薙刀、それは武蔵坊弁慶だ。
 そして橋の上で夜の物と出合った。まるで待ち合わせでもしていたかのように。
「おまえはどうして夜の物と呼ばれておる」
「そのようなことは知らぬ」
「何々鳥とか呼ばれた方がいいのではないか」
「そう呼ばれていたこともある」
「何鳥だ」
「鴉天狗」
「ほう、すると、拙僧と同じ種類」
「まあな」
「しかし、羽が生えておるが、それは付けたのか」
「違う」
「それは珍しい」
「元を正せば遠い南方の悪魔」
「ほう」
「夜を支配する者」
「それで、夜の者か」
「そうじゃ」
「悪いが征伐」
 僧侶は薙刀で横へ払うと、当然のことながら夜の者は上へと羽ばたき、欄干に止まった。
「飛べるのか」
「飛べぬのならこんな羽は無用」
 僧侶は欄干に立つ夜の者を薙刀で突いた。不安定なところに止まっているので、逃げようがなく、そのまま川に落ちかかったが、そこは鴉天狗、ふわっと川面すれすれに飛び去った。
 僧侶は寺に引き上げた。
「逃がしました」
「そうか、夜の者に出合ったのじゃな」
「強い相手ではありませんでした。防戦一方で、逃げるだけ」
「そうか。やはり夜の者がいたのじゃ」
「いましたとも」
 この城下、その夜は真の闇。月も星もない。明かりもなく、よく戦えたもの。それなのに川面を飛ぶ夜の者をしっかりと見ている。
 
   了

 

 

 
 


2017年2月25日

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