小説 川崎サイト

 

小豆洗いが見える少女


 妖怪小豆洗いが小豆を洗っていると、少女が近付いて来た。草の生い茂る川の縁、そんなところを通る人などいない。
 小豆洗いは少女が用でも足すつもりだろうと思った。たまにそんなことがある。すぐ近くでされると、さすがに小豆洗いの方から避ける。小豆洗いは人からは見えない。川縁で小豆を洗っている妖怪で、こ汚い禿げ頭の小男だ。米ではなく豆を洗うのだが、その音は人には聞こえない。何やらぶつぶつ独り言を言っているが、それも聞こえない。小豆ばかり洗っているので、そればかり繰り返しているため、それをぼやいているのかもしれない。一つことばかりをする妖怪だ。
 少女は近くまで来て小豆洗いを見ている。
 小豆洗いは洗う手を止める。姿が見える人はまずいないのだが、音が聞こえる人はたまにいる。この少女もその口だろうか。しかし少女はまっすぐ、小豆洗いに近付いて来る。見えるのだ。
「どうして小豆を洗ってるの」
「知りたいかい嬢ちゃん」
「うん」
「これは縁起物でね。赤飯用だよ」
「どうして赤飯を炊くの。目出度いから?」
「切り替えのためだよ」
「何を」
「目出度いことがあったことを目で分かるようにね。だから赤い豆を白いご飯に入れると、目立つじゃろ。別に赤いご飯にする必要はない」
「あんこも作れるね」
「好きかい」
「甘いから」
「あんころ餅も滅多に食べないじゃろ。目出度いときだけ。わしはその準備で、まず小豆を洗っておる。こればっかりじゃがな」
「洗った小豆はどうするの」
「煮て食べる」
「じゃ、ご飯は」
「わしは小豆しか食べん」
「甘いでしょ」
「それで歯が全部なくなった」
「ふーん」
「ところで嬢ちゃんはどうしておじさんが見えるのかな」
「知らない」
「そうか、しかし人に言っちゃだめだよ」
「おじさんが捕まるから」
「そうじゃない。嬢ちゃんの身が危なくなる」
「どうして」
「おじさんが見えるからだよ」
「うん、分かった」
 少女はその後、クマイソの巫女として名を馳せた。あのときの縁で、人には見えないが、この小豆洗いがいつも家来のように付き添っている。
 
   了

 


2017年2月28日

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