小説 川崎サイト

 

隠居と妖怪


「少しはゆるりとしたいものじゃ」
「されているではありませんか」
「そうか」
「それ以上、ゆったりとした日々になりますと、ずっと寝ているようなものですよ」
「まあ、それに近いが、野暮用が多くてねえ」
「何かありましたか」
「普段、何もないから用事ができると余計に目立つ」
「結構なお身分じゃないですか」
「それほど高い身分じゃない。それに隠居の身、身分と言うほどでもない」
「隠居が一番高い身分ですよ」
「そうか」
「それで、どんな用事が入ってきたのですか」
「この年になって妖怪退治は辛い」
「ああ、まだそんなことを頼みに来る人がいるのですね」
「だから、困る。そんないもしないものなどどうやって退治する」
「その人には見えているのでしょ。隠居仕事としてはちょうどいいかもしれませんよ」
「そうじゃな、適当に退治に行くとするか」
 それから数日して、その用人が様子を見に来た。
「どうでした」
「ああ、妖怪退治か」
「首尾は」
「頼んできた男が妖怪になっておった」
「はあ」
「どうすればいいのかと迷ったわい」
「はあ」
「その妖怪、退治すれば依頼人を退治することになる」
「そうですねえ。それでどうなされました」
「退治してよいかどうか、その妖怪に聞いた」
「すると」
「すると、当然、だめだという」
「そうでしょうねえ」
「それは妖怪に聞けばそう答えるだろう。それで、その依頼人に聞いた」
「はい」
「すると、待っていたところです。すぐに退治してくださいと」
「当然ですねえ」
「依頼人でもあり、また妖怪でもある。これは困った」
「で、どうなされました」
「あっち立てればこっち立たず。いや、妖怪を立てる必要はないが、それを退治すると、依頼人も退治することになる」
「困りましたねえ」
「それで」
「どうなされました」
「何もせんと、戻って来た」
「はい」
 それからしばらくして、また用人が様子を見に来た。
「その後、どうなりました」
「依頼人が訪ねて来た」
「でも、妖怪でしょ」
「いや、人の姿で来ていた」
「はあ」
「妖怪が抜けたらしい」
「じゃ、無事解決ですねえ」
「わしは何もしておらんがな」
「いや、きっとご隠居の姿を見て、その妖怪、去ったのでしょう」
「そうか」
 それからまたしばらくして用人が訪れたのだが、隠居屋敷に妖怪がいる。
「わしじゃ」
「大変ですねえ」
「何とかならんか、わしは妖怪になっておるじゃろ」
「はい、仰る通り」
「どうすればいい」
「ご自身で退治なされては」
「そうじゃな」
 その翌日、用人が訪ねたときは、いつものご隠居さんに戻っていた。
 
   了

 


2017年3月3日

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