小説 川崎サイト



プレッシャー

川崎ゆきお



 身体が重く感じられ、息苦しくなる。
 古田は、この重圧感から逃れたい。この圧力の正体は物理的なものではない。つまり、プレッシャーというやつだ。
 新しく来た課長は業界生え抜きのやり手だとの噂がある。それを聞いただけで古田の体は重くなった。雨雲が手を延ばせば届くほどの距離にある感じで、非常に息苦しい。
 この圧力、この圧迫感は何だろうと古田はしかめ面で考える。
 所謂プレッシャーなのだ。精神的な圧力なのだ。
 しかし新課長が、圧力をかけてきているわけではない。古田が勝手に感じていることなのだ。
 初対面の挨拶を受けた時からそれがかかった。
 新課長は子供の頃からひねた顔だったに違いない。子供の顔など一度もなかったのではないか。ぞっとするような親父臭い顔なのだ。これは小学生の頃からの年期入りだ。ずっとそんな顔なのだ。
 ふけ顔だが、それが貫禄となり、押し出しは部長を越えている。
 そして浪曲でもうなりそうなあの太い声。
 古田は完全にやられてしまった。
 このプレッシャーは動物的なものだろう。生き物の持つ生理的な箇所に突き刺さっているのだ。だから頭で理解できないレベルにある。
 人間の精神世界は動物に近いベース部分ほど安定しているらしい。古田はその箇所が揺らいでしまったのだ。土台が不安定になれば、そこから上が揺れるのは当然だろう。
 古田は新課長と接するたびに、何かとんでもないダメージを食らわされるのではないかと脅え続けた。
 幸い仕事上では問題はなかった。それだけ慎重になっていたためで、問題になるようなミスは犯さなかった。
 しかし、いつもびくびく脅えながら、そのプレッシャーと戦う日々で、それが仕事のようになっていた。
 ある日、新課長から昼食を誘われた。昼休みだけでもこの男から解放されたいのだが、断るわけにはいかない。
 新課長は少し高い和食店の昼メニューを古田に振る舞った。
「はっきり言うよ」
 新課長は脂ぎった目玉で古田を見つめた。
「わたしゃねえ、君が苦手なんだ。よろしく頼むよ」
 新課長は軽く頭を下げた。
 古田は新課長の目をもう一度見た。脂ぎった目ではなく、それは涙目だった。
 
   了
 
 
 


          2007年4月13日
 

 

 

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