小説 川崎サイト

 

うろうろしている人


「相変わらずうろうろしていますか」
「はい、うろつくのが好きで」
「それは何より、少し暖かくなってきましたから、外に出やすい」
「そうですねえ」
「何か珍しいことでもありましたか」
「近場ですのでねえ、それほど言うほどのことはありませんよ」
「そうでしょうねえ。しかし、いい運動になっていいかと」
「寒いとき、うろうろすると風邪を引きやすいです。運動にはなりますが、自転車なので、しれてます。運動量は」
「どういったものを見て回られるのですかな」
「まあ、よくある町中散歩ですよ。近所のね」
「何か発見とか」
「言うほどの発見はありませんが、ハプニングはありますねえ」
「ハプニング」
「予想していないようなこととか、突発的なこと」
「交通事故の現場を見られたとか」
「その瞬間なんて滅多にないですが、事故後の光景はたまに見ますよ。いつもの通りなのに、何やら賑やかになってます。まあ、小一時間ほどすると、元の通りになりますがね。チョークの白いのは残りますが」
「事故に遭わないでくださいよ」
「それこそ本当のハプニングです。しかし、ハプニングと言うには重いですが」
「そうですねえ。ハプニングはちょっと驚く程度で、身に降りかかる災難とは違いますよね」
「そうです。交通事故です」
「はい」
「それだけうろうろとされていると、色々な人と出合うでしょう」
「他人ならいくらでも出合いますが、知っている人は希です」
「そんなものですか」
「家の近くじゃ別ですがね、また、いつもすれ違うような人とか、たまに家の前に出ている人とか、そういう人も別です。知り合いというほどでもありませんが、顔見知りです。かなり親しい人と合うことは本当にないですよ。昔の同級生と出くわすこともありますが、なぜかお互いに無視していますねえ。あまり親しくなかったし、また、話すこともないからでしょ」
「はい」
「その他の人として、以前よく通っていた喫茶店のマスターと毎日のように自転車ですれ違います。その喫茶店へは四年か五年通っていましたから常連です。しかし引っ越してから行かなくなりました。引っ越したのは三つほど向こうの町内ですから、遠いので行く機会がありません。しかし、その後も、毎日顔を合わせていますが、実際には視線を避け合ってます」
「はあ」
「この喫茶店は昼の定食で持っているようなものです。その食材を仕入れに行くのでしょう。翌日のね。夕方には店は閉まります。その後、食材を買いにスーパーへ行くのでしょうねえ。その通り道でよく合うのです。その時刻でないとだめですが」
「何か、もっと、これは、というようなことはありませんか」
「これは、ですか。そうですなあ。大きな薬局が建ちましてね。できる前からその二階に診療所のようなものがいくつか入るようで、看板が先にできていました。眼科、整骨院、耳鼻咽喉、あとは何か忘れましたが、それが完成しました。しかし看板スペースがもう一つあります。建物を見ると、何も入っていない部屋があります。まだ埋まっていないのでしょうなあ。残り一つです。そこに何が入るのかを通るたびに見るのですが、かれこれ、もう一年も……」
「もう結構です」
「あ、そう」
 
   了


 


2017年3月5日

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