小説 川崎サイト

 

福保険


「福保険?」
「はい、必要かと」
「どういう保険ですか、万が一のときの」
「いえ、お目出度いときの保険です。非常にいいことがあった後の」
「え」
「ご不幸があったときの保険ではなく、幸福なときの保険です」
「悪いことがあったときの保険ではないと」
「そうです」
「どういうことですか。どのようなシーンで使うのですか」
「非常にいい状態のときからです」
「そのときに、何かするわけですか」
「この保険に入られていると大丈夫です」
「いい状態なのに」
「そうです。幸せの絶頂後に役立ちます」
「悪いことが起こったときじゃなく、いい状態が起こったときの保険と言うことですか」
「そうです」
「幸福保険のようなものですか」
「まあ、解釈の仕方でそうともいえますが」
「どんな保険です。具体的に」
「もし幸せな状態、幸福な状態、非常に素晴らしいことが起こった後に、用います」
「え」
「たとえば、幸せな状態になった後、重い病気になられる方が多いのです。気が抜けたのでしょうか。まあ、それは偶然ですが、また、思わぬ事故に遭われたり、災難に見舞われることがあるのです」
「そうなんですか。そんな幸せの絶頂など体験したことはありませんから、よく分かりません」
「今まで、なかったことが起こります。なぜこのタイミングで、というよう感じです」
「たとえば」
「道で転んだりとか」
「はあ」
「大人になってから、道で転ぶなんて滅多にないでしょ。そういうことが起こります」
「どうしてですか」
「それはよく分かりません。幸せの後にはそういうものがコツンコツンと飛び出してくるのです。理由はありません。説明もできません。いつもなら起こらないような偶然が、幸せの後に芽を出します」
「それは、ちょっと」
「幸せになるのは、実は怖いことなのですよ」
「それで、その保険に入ると、その問題がなくなるわけですか」
「幸福の持続性は保証できませんが、無事に過ごせます」
「そんなもの、保険で何とかなるような」
「福保険とは、福の副作用を抑える保険です」
「世の中には色々な保険があるものですなあ」
「福保険に入られますと、福神様を差し上げます。これは継続可能な福の副作用を減らしてくれます。お金だけではなく、そんなときに限って襲ってくる災難なども封じてくれます。幸せの絶頂から奈落の底に落ちる人をよく聞くでしょ。ああならないための保険です」
「その福神様があれば、大丈夫だと」
「福神漬けになります。ただの樹脂製の人形ですが、これは形がある方がよろしいかと思い、配布しています。そして月々の支払いは、普通の保険の十分の一以下です。毎年福神様の最新版をお届けします。払いっぱなしの保険です」
「うーん」
「幸せになるのは実は簡単なのです。そういう時期が人には必ず訪れます。努力しようがしまいが、これは来ます。問題なのはその後なのです。これが福保険です」
「分かりました、入りましょう」
 しかし、その人は、幸せの絶頂など来なかったので、その保険も掛け損で終わった。
 
   了



 


2017年3月6日

小説 川崎サイト