小説 川崎サイト

 

泥河童がいる暗渠


 蛭田はどぶ川の奥にカメラを向けた。望遠だ。川といっても排水溝のようなもので、暗渠というほどの長さはないが、十メートル近い蓋のような橋が架かり、トンネル状になっている。ここは工場の裏。工場への裏口だが、橋が二つくっついているので、暗渠に見える。
 遠くから見るとトンネルの向こう側までは見えないが、何やらいそうな雰囲気。水面に何か浮かんでいるが、ゴミだろう。また、そこにとどまったままの物体もあり、黒い固まりとしか見えないので、何かよく分からない。
 排水溝になる前は農水路で、周囲は田んぼ。だから小川だった。周囲は草で囲まれており、泥河童がいると噂があった。
 引田はその噂を聞いたのは子供の頃で、この川で雑魚獲りをしたことはあるが、その頃はもうそんな噂はなかった。蛭田が聞いたのはお爺さんからで、それを仲間に言ったが、受けなかったようだ。
 昔はこのあたりは泥田で、水田ではなく、レンコンやフキ畑だったらしい。蛭田が子供の頃は、普通の田んぼになっていた。だから、レンコン畑時代に泥河童が出ていたのだろう。泥で真っ黒になった汚い河童らしい。その河童が身体を洗いに、その小川に入るため、水が汚れた。
 そんなことを思い出しながら、暗渠の入り口にレンズを向け、シャッターを切ろうとしたのだが、切れない。
 これはいるなあと、泥河童の存在を感じた。もう一度シャッターを押すが、半押しでピントは合うのだが、全押しにしても、シャッターが切れない。泥河童が妨害しているのだろう。
 蛭田は電源を入れ直し、もう一度シャッターを切るが、結果は同じ。しかし、画面に何かが映っている。被写体ではなく、画面の上の方に文字が浮かんでいる。読むと、メモリーカードが入っていません、と書かれていた。内蔵メモリーのないカメラなので、出るときカードを入れたはず。忘れると写せない。それともパソコンに取り込んだとき、突き刺したままだったのかもしれない。
 そういうこともあろうかと鞄の中に予備のカードを入れていたのだが、使った記憶がある。鞄から小袋を出し、中を見ると鍵や携帯充電器はあるが、カードはやはり使ったのか、ない。パソコンに突き刺さったままのが、その予備のカードだろう。
 要するにカードを忘れて来ただけの話なのだが、写されまいとする泥河童の線が消えたわけではない。
 そして、そのままいつもの喫茶店に入る前に家電店に寄り、メモリーカードを二枚買い、一枚は予備として小袋に、もう一枚はカメラに入れようと、蓋を開けると、カードは入っている。パソコンから抜き忘れていなかったのだ。どうも差し方が悪かったようだ。
 そして戻り道、再び暗渠の入り口にカメラを向け、シャッターを切ろうとした瞬間、カメラが落ちた。落としたのではない。電源が落ちて真っ黒。バッテリーが落ちたのだ。残りが少ないことは知っていたが、このタイミングで来るとは思わなかった。もう少し持つはずなのに。
 結局泥河童が阻止しているのだったら、これは写してもろくなことにはならないと思い、もうカメラを向けないことにした。
 
   了


2017年3月7日

小説 川崎サイト