小説 川崎サイト

 

一つと二つ


「昨日、何かありましたか」
「そう聞かれると思い、思い出していたのですが、絞り出してもない」
「でも、ちょっとしたことならあるでしょ」
「はあ」
「昨日、生きてましたでしょ」
「はあ、生きてました」
「二十四時間の間に何もないというのは逆におかしいです」
「そうなんですが、これというものが」
「じゃ、全く前日と同じでしたか」
「それは違います。少しは違いますよ」
「それでいいのです。ちょっと違ったことをお話しください」
「夢を見たのか見なかったのか、はたまた忘れたのか、夢を見なんだように思います。最近はずっと夢を見ましてね。これは覚えているだけのことでしょうが、昨日はその夢を覚えていなかったように思われます」
「見た夢の話ではなく、見なかった話ですか。じゃ、夢の中身も分からない」
「見たのか、見なかったのか、起きた瞬間分かるのですが、思い出したことそのことを忘れたりします。だから、本当は見たのかもしれません」
「曖昧ですねえ」
「それと私は夜中に一度目を覚ますのですが、そのときはよく覚えています。そのまま朝まで眠ってしまった場合、夢を思い出せないのでしょうかねえ」
「知りません」
「それと、昨日も一度、夜中に起きたのですが、いつもより遅い時間。ものすごく早い朝というか、遅すぎる夜。夏場なら少し明るくなる頃です。ああ、これも昨日の変化といえば変化ですなあ。夜中に起きる時間が遅かったことです」
「他にありませんか。昼間の話で」
「それを最前から思い出していたのですが、あまり変化なしです」
「小さなことでもいいのです」
「それならタバコです」
「タバコ」
「タバコを買いに行ったのです。牛乳を買いに行ったついでにコンビニで買いました」
「はい」
「牛乳とタバコとの組み合わせは珍しいものではありません。たまにそうなることがあります。こんなことは細かすぎる話なので、無視です」
「そうです」
「レジでタバコの銘柄と個数を言いました。二つとね。しかも指をしっかりと二本立てました。声と指。これで確実でしょ。ところが予想通りタバコは一つしか取り出されなかったのです」
「予想通りとは」
「眼鏡をかけた背の高いバイトがいるのです。ベテランです。その人は必ずそれをやります。二つだと言っているのに一つしか出さない。他のバイトや店員は二つと言えば二つ出してきます。その間違いはありません。しかし、その背の高い青年だけはいつも一つ。それで、指で二本を示して念押しをしているのですが、それも効かない。効かないのは聞いていないのですよ。そして指も見ていない。昨日もそれがありました。これはよくあることなので、いつもの話に近いですがね。あるときなど、口で二つと言ったのに、一つと反復していました。二つという言葉をわざわざ聞き間違えますかね。何も言わなければ、一つです。しかし個数を言っているのだから、一つ以外の数でしょ。そして言った瞬間鸚鵡返しで二つですね、と言うのならいいのですが、一つですねと、返すのです」
「それは耳が悪い人なのでしょ」
「だから、指で示しているのに。それを見ているのか、見ていないのか」
「はいはい」
「まあ、それは慣れっこなので、二つ出てこないときは、二つと、もう一度言いますが、昨日はそれを言わなかったのです。これは初めてのことでした。まあ、いいかと思い、一つにしました。二つと言ったはずですよと言うのもしんどいですからなあ。毎回ですから」
「はい」
「それと」
「もうよろしいですよ。一つで十分です」
「二つあるのですが」
「いや、一つで十分です」
「私はいつも二つなんですがねえ」
 
   了



2017年3月9日

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