小説 川崎サイト

 

怖い顔


 自室で自営している山下は夕食を済ますとリタイアする。朝から仕事をし、夕方に定時で仕事を終えれば、そんなものだが、起きている間はずっと仕事をしていた。急ぎの仕事が多いのではなく、安い仕事なので数をこなさないといけないため。
 だが、起きている間、ずっと仕事ばかりをしているわけではない。自営業だが、自炊もする。買い物にも行く。昼寝さえする。しかし、必要最小限のことを終えると、ずっと仕事ばかり。遊びに行くこともあるが、働いた分、それでお金が減るのが惜しいので、気晴らしで自転車に乗る程度。
 そのため、寝る前まで仕事をしていたのだが、最近は夕食を食べると、そこで終わってしまう。もう何もする気がしなくなるためだ。これを山下はリタイアと言っている。正しい使い方ではないだろう。
 それは体調を崩してから、そうなった。一日中仕事をし過ぎたためかどうかは分からない。上司も部下もいないため、自分のペースでできる。だから飛ばし過ぎたのだろう。
 体調を崩してからはペースが半分になり、今は体調は戻ったが、夕食までで、それ以降は集中力がなくなり、何もできなくなる。
 しかし、仕事関係での集中力はなくなるが、他のことでは別のようだ。これはやる気の問題だろう。別の食べ物なら入るようなものだ。別腹というやつ。
 夕食後にダウンしてしまうのは胸やけに近い。食べ過ぎるためだろう。
 しかし、あっさりとしたものを軽く食べても、夕食後だるくなる。これはもう年だろうと諦めた。だから、これをリタイアと呼んでいる。退職したわけではないが、夕食から寝るまでの時間、仕事をしていないので、収入が減った。
 リタイアと呼んでいるが、早退のようなもので、後はプライベートな時間を過ごすようなものだ。特に変わったことをしているわけではない。早い目に仕事を切り上げただけ。
 初めの頃は食べた後、横になっていた。そのまま寝るにはまだ早いのか、うたたねをしてもすぐに起きてしまう。
 山下はテレビもラジオも興味はなく、音楽も聞かない。仕事で使っている三つのパソコンがあり、その一つでネットを見る程度。これがあればテレビやラジオはいらない。しかし、最近はそれにも飽き、本を読むようにした。決して読書家ではないので、読みたい本が山と積まれているわけではない。無料でダウンロードしてきた電書を端末で読む程度。
 余暇時間の過ごし方としては悪くないだろう。また、夕食後、横になった状態でできることといえば、本を読む程度になる。布団の中に入り、枕を高くして、電書を読む程度の体力は残っている。寝転がっているのだから、楽なものだ。ただ、首が痛くなるが。
 しかし、あまり読み慣れていないのか、三十分も持たない。それで集中力がなくなるし、目も痛くなるので、寝るまでの間の時間を埋めるには足りない。
 実際には何もしなくてもいいのだが、やる気が起こらないときは、何もできない。しかし別腹を期待して、またネットを見る。何かこれはというような刺激物はないかと。
 しかし普段から面白そうなサイトなどをブックマークしていない。
 体力も気力もなくなっているが、少しは残っている。この僅かなエネルギーでできることはないものかと、考えることにした。
 それで、思いついたのが落書きだった。パソコンのお絵かきソフトで、適当なものを書きなぐるのだ。山下は絵描きではないので、しっかりとは書けない。だから落書きだ。
 それで太い線で模様のようなものを書いているうちに、何かの形に見えてきた。一本の線を適当に渦巻きのように引き、その上からまた違う軌跡の線を重ねると、妙な形が出てくる。それが面白くなり、夢中になった。
 偶然できたような模様だが、人の顔に見えたり、何かをしているポーズに見えたりする。
 やっといいことを見つけたと、夕食後、この落書きで遊ぶことにした。
 それは万華鏡のように、振れば毎回違う模様になるようなものなので、できるだけ複雑な線をむちゃくちゃに引き、またむちゃくちゃな線をそれに重ね。さらに別の線を重ねた。
 そのうち、妙なものが見えだした。それは怖い顔した人が出てくることだ。模様の中から出てくる。そう見えなくもないという程度だが、じっと見ていると、動き出しそうだ。これは同じものを見続けると、目の位置が少しは動くため、動いているように見えるのだろ。
 悪魔。魔物。そういうのが次々と出てくる。以前書いたものを見ると、やはり怖いものがいる。そのときは気付かなかったのだ。
 しかし、その魔物の顔に襲われることはないし、それがモニターから飛び出てくることもない。これはいったい何だろう。
 その後も夕食後、落書きを続けているが、ほほえましい顔が出てくることもある。仏顔や。可愛い動物も。
 さらに続けているうちに、何となく法則が分かってきた。最初に引く線はお筆先の神秘ではないものの、意識的な線ではない。その上からまた意識的ではない線を引き重ねると、交差したところに面ができる。このとき初めて形らしきものが現れる。
 山下の隠れたるリアルタイムな意識が現れているのかもしれない。
 
   了

 


2017年3月12日

小説 川崎サイト