小説 川崎サイト

 

バケモノ達


 さてどうするか。村田は起きると先ずそれを思う。それは気になっていることの続きをどうするかを考えることになるのだが、やることがあっての話だ。ない日はぬっと起き上がる。
 一年の計は元旦にあり、一日の計は朝にある。朝といっても長い。だから目覚めた直前。
「ない」
 村田は特にないようだ。平和でいい。その日に特にやることがない。好きなことをして過ごせばいい。
 その好きなことのネタが切れていた。そのため平穏だが退屈な一日になる。この退屈は貯金のように溜まる。満期のある定期預金ではないので、いつでも出せる。そのタイミングが来たとき、楽しげなことをし始めるのだが、溜が大きいほど長続きする。前回の溜の退屈貯金は使ったのだが、溜がまだ少なかったのか、二日ほどで終わってしまった。ネタが小さすぎたのだ。さらに展開するような継続性もなかった。
 それが終わったばかりなので、好きなことはもうやったので、当分退屈なままの日々になるはず。
 しかし好きではないネタは豊富にあるが、それは見たくもないし思いたくも考えたくもない。
 それらは一日の計から最初から外している。それでは計の意味がない。本当に考えなければいけないのはそこにあるのに。
 そのため村田は多くの用事を溜め込んでいるが、消えてなくなるのもある。下手にいじらないほうが良かったりする。放置も悪くはない。
 村田が平穏なのは上辺だけで、水面下はグチャグチャだったりする。
 その水面下から、たまにバケモノが頭を出すことがある。今朝は出ていないようだ。村田は安心する。
 それが出ていないことを確認し「さて、今日はどうするか」となる。
 しかし、たまにはバケモノ退治をしないと朝から何匹も頭を出す。そのため一日が平穏ではなくなる。
 そんな日々が続いた頃があり、かなり退治した。狩りすぎて退治しなくてもいいものまで狩ってしまい、それが新たなバケモノになり、逆に数を増やしてしまうこともあった。
 しかし、それらのバケモノ達、村田がバケモノだと思わなければバケモノではないのかもしれない。
 
   了



2017年3月19日

小説 川崎サイト