小説 川崎サイト

 

世界最速

 
 世の中には便利なものがある。既にその時代の便利なものを使っているのだが、より便利なものがある。ものによっては別物ほどの違いがあり、これは違いのレベルを超えているかもしれない。そのため、比べられない。だから比べてはいけない。
 また、より便利なものは、見なければ、知らなければ問題はない。この世には存在しないのに等しいため。知ると手に入れたくなるだろう。自分のものにしたいと。
 より良いものを手に入れても、さらにより良いものが現れると、また欲しくなり、これは際限がない。
 それが道具類のような単純なものなら、かなり昔のものでもあまり変化はない。
「また新製品に手を出しますか」
「凄いのが出ました」
「その差は」
「約半割」
「五パーセントですか。たったの」
「その差は大きい」
「そうなんですか」
「そうなのです川北さん。これは世界最速です」
「でも、ほとんど差はないでしょう」
「そうなのですが、僕のはそれより遅い」
「でも問題のないレベルでしょ」
「そうなんですが川北さん、これはイメージの問題です。この新製品が出たので、僕のはその次に速いに落ちました。それにもう世界最速を持っているとは言えなくなりました。これが痛い」
「実際には違いはないのでしょ」
「ありません。そのスピードに僕の頭や体がついて行けないほどですから」
「つまり、ものすごい最高速が出せる車でも、そんなスピードを出す機会がないのと同じですか」
「それは違います。加速で差が出ますから普通に走っているときでも役立ちます」
「まあ、そうなんでしょうがね」
「そうなんです川北さん」
「じゃ、それを手に入れられては」
「この前、やっと世界最速に買い替えたばかりなので貯金を使い果たしました」
「私などはあなたの持っておられるものの何十年も前のを使っているのですよ。それこそ世界何万位以下でしょう。もう売っていませんし」
「しかし川北さんの仕事は僕よりも速い。どういうことですか」
「道具より、腕を磨いたからです」
「勉強になりました」
「あなた、勉強ばかりしてますねえ」
「あ、はい」
 
   了

 


2017年3月23日

小説 川崎サイト