「何をなさっている人ですか？」
　青島はこの問いに答えられるために、何かをやってきたように思える。
「普通の会社員ですよ」
　と、答えられれば楽だ。実際には何も答えになっていないのだが、これで乗り切れる場合が多い。
　ところが青島は就職したことはない。学生時代は「学生です」で乗り切れた。
　これも答えにはなっていないのだが、世間では通る。
　青島は就職先など考えないで芸術学部に入った。
「大学で何を学んでいるのですか？」
　の、答えに対し、
「芸術を学んでいます」では漠然とし過ぎ、これも実際には答えになっていないのだが、大学名が肩代わりしてくれた。別に代わりに答えてくれるわけではないが、何となく存在感があった。
　青沼は大学院まで進んだ。
　そして三十前になり、
「何をなさっている人ですか？」に、答えられなくなってしまった。
　大学に残れるほど優秀ではなく、ギリギリで卒業した。
「何をなさっている人ですか？」
　青島はモニター上のその文字を見つめている。
　メッセージを返さないといけない。
「どうかしましたか？」
　ていねいな言葉だ。
　青島は詰まった。
「いきなり聞いちゃだめなんですね」
「いえいえ」
「ごめんなさい、プライバシーに触れて」
　青島は答えられるものなら答えたかった。その程度のことはプライバシーがどうのの問題ではない。話しているのは二人だけで、第三者は見ていないのだ。
　青島は適当に答えればよかったのだが、できるだけ真実に近い答え方をしたかった。
　こういうシーンのために、決めておくべきだったのだ。
「実は私、何もしていないのです」
　青島は、そのメッセージを見てほっとした。
「あのう、僕も」
「一緒ですね。会社を起こしたんですが、何もできなくて、何もしていないのと同じです」
　しかし、ちょっと違うなあ、と青島は感じた。
　
　　　了
　
　


　　　　　　　　　　2007年4月15日