小説 川崎サイト

 

犬吠

 
 その神社は安産の神様で、これは民間信仰のようなもので、ただの石像だった。子安地蔵のようなものだが、もっと昔からあり、その系譜なのだが、ものは古い。太古からあったのかどうかは分からないが、人にとっては必要なものだろう。
 その石像は人ではない。何かの動物の顔だが、身体は人。何の動物か分からなかったが、ある頃から犬ではないかという人が出てきた。犬のお産が軽いためだが、そんな話が出てきた頃だろう。狐かもしれないし、狼かもしれないし、狸かもしれない。イタチかもしれないが、犬とした。
 その神社は一般の神社ではないので、その系列には入っていないが、鳥居などを立て、掘っ立て小屋のようなところに石像を置いた。
 さらに掘っ立て小屋の四方を完全に囲み、屋根を乗せて祠としたが、そのあと、もう一回り大きな神殿のようなものを建てた。お宮さんだ。人が入れるほどの。だから、普通の神社に近付いた。
 しかし、氏子のような人は一時いた程度で、その負担が大変なのか、あまり弄らなくなった。そのため、放置されたお宮さんになり、やがて、この地を襲った地震で倒壊し、今はあとかたもないのだが、場所は分かっている。村が住宅地となり、そこに家が建った。
 宅地にするとき、もう石像も行方不明で、安産の守り神だったことも忘れられてしまった。しかし、昔からここに住む旧家はそれを知っている。そんなことが遠い時代にあったことを。
 ある旧家が、その石像を画いた絵を持っていた。倉の奥に眠っていたのだが、家の者でも存在が分からなかったのだが、たまたま怪しいことに興味のある女性が、この家に来た。息子の結婚相手だ。
 この女性が、こういうことが好きなようで、倉の中からそれを発見した。他にも色々と興味深いものもあったが、石像の絵が一番インパクトがあったようだ。それは化け物だったため。
 画かれた当時は犬だろうと言われていたので、犬に似せて画かれてあるが、完全には犬ではない。それなりに忠実に書かれている。
「あなた、これ悪魔よ」
「え」
「お父さんに訊いてみて」
 息子は父親に訊くが、興味がないらしいが、祖父は少しは興味があったようだ。
「これが正体だったか」
「心当たりがあるのですね。お爺さん」
「ああ、余所者のあなたに聞かせたくはないが、当家の一員になったのだから、この土地の話を知るのも悪くはない」
「はい、お爺さん」
「わしが聞いた話では安産の神様だったが、お宮は地震で壊れ、再建しようとしたが、時代が悪くてなあ。そんな金が村の誰にもなかったのじゃ。それに若い者は戦に駆り出されておらん。その時代だからこそ子が多く欲しかったので、安産の神様が必要なのにな」
「はい」
「唐突だが、犬吠えの正体は、これだったんだ」
「犬の遠吠えですか」
「まあ、それに近いが、ここらは犬吠えが聞こえる場所でな。それを犬と言っているが、何かのケダモノだろう」
「悪魔ですね」
「ほう、それに近い。そこの三丁目にある家、あの下に神社があった。建売住宅だが、すぐに売り払っているだろ」
「そうなんですか」
「あの下にいるんだ」
「悪魔がですね」
「おそらく石像がそこに埋まっておるんだ」
「それで犬吠え」
「唸り声だ」
「悪魔のですね」
「さあ、何かは知らぬが魔物だろう」
「はい」
「昔の人はそれを知っていて、祭ったのじゃ。神社でもないのに、神社のようなものを建ててな」
「じゃ、何とかしないと」
「まあ、犬吠え程度なら、いいだろう」
「でも、人が居着かない家になっているのでしょ」
「だから、その程度で済んでおるのなら、弄らん方がいい」
「私にできることはありませんか」
「家のことを、もう少しやってもらえんかな」
「はい、お爺ちゃん」
 
   了

 


2017年3月25日

小説 川崎サイト