小説 川崎サイト

 

街道をゆく

 
 市街地の中を斜めに走っている細い道がある。大きな道路と交差するとところは尖った三角になっていたりする。古い道に多いのだが、由緒正しい街道だったりする。ただ、その街道はもう使われておらず、ただの便利な裏道としての機能しかない。街道時代の建物などは既にない。
 そこに道標があり、街道名が書かれているが、馴染みのない地名。この時代になってからはそこへ行く人など滅多にいないのだろう。その地名が街道名になっている。その街道の終点、行き先だ。当然そこからもまた街道が出ているのだろうが。
 その街道名になった場所に神社がある。地名にもなっているが、そんな大きな町ではない。
 黒田がその小さな道標を見て、そこへ行ってみたいと思い、街道に沿って進むが、すぐに途切れてしまった。もうズタズタに切れている。工場の敷地になっていたりするのだが、そこを飛び越えれば、まだ続いているはず。しかし、回り込むのが面倒なので、そこで探索を止めた。
 そして、また次の日、暇に任せて道標のあるところに来た。道標なので交差点。つまり、迷わないように標されているのだろう。真っ直ぐ行けばその神社のある町。左右を走っているのは別の街道らしいが、その行き先は全く分からない地名。もう消えた地名だ。
「あなたも、こういうのがお好きですか」
 いきなり真っ白な髭だが髪の毛が一本もない長身の老人が杖を手に立っている。持ち手の上に曲がった瘤が付いており、足が悪いからついている杖ではなさそうだ。その瘤が凶器になりそうで、致命傷を与える鈍器。
「昼間はいいが夜になると、ここを通る人がいる」
「はい」
「しかし、昼間でも実は通っているのですよ」
「な、何が」
「田代神社へ行く人達です」
「しかし、途切れていますよ。この道」
「工場が二つと、後は何かの施設がありますねえ。その中をこの道は貫通しています。だから、工場内で、それらの人達が通っているのを見た人もいるらしい。夜間なら見えやすいのでしょうねえ。昼間でもかすかに私は見えるのですが、これは調子のいいときです」
「その人達とは?」
「参拝客ですよ。今はそれほどでもありませんが、昔は参拝客が多かった。今は田代町という村程度の町ですが、昔は賑やかな町だったようですよ」
「伊勢参りや、善光寺参りのようにですか」
「規模は小さいが、この辺りでは人気があったらしいのです。だから、そのための道なのです」
「しかし、今も参られている人がいるというのは」
「さあ、何でしょうねえ。その正体は分かりませんが、往時の賑わいがまだ残滓のように残っているのかもしれません」
「残滓」
「まあ、残り香のようなものでしょ。だから薄い」
「今も見えますか」
「こう明るいと見えません」
「ありがとうございました」
「いえいえ」
 老人は立ち去った。
 そんなものなど見えるはずがないと、すぐに黒田は否定したのだが、立ち去った老人の後ろ姿がない。横に曲がったのだろう。
 それからしばらくして、今度は夜に来てみたのだが、そのようなものは何も見えなかった。
 あの瘤付きの杖を持った老人はこの時代の人だろうか。しかし、工場のことを言っていたので、街道全盛時代の人ではなさそうだ。
 その数日後、下田は電車とバスを乗り継いで、田代神社へ行ってみた。結構大きな敷地の神社で、広々としている。ただの村の氏神様ではない。敷地は広いが静まりかえっている。その周囲は宅地が押し寄せている。
 結構古い神社なのだが、全国区にはならなかったようだ。
 
   了

 


2017年3月27日

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