小説 川崎サイト

 

東屋

 
 曇ってきたのか下川原は体調が悪くなった。気象の変化に敏感なようだ。他に気にすることがないのかもしれない。ぽつりぽつりと雨が降り出しているが、傘を差すまでもない。それよりも傘など持って来なかった。ちょと気晴らしで外に出たのだが、雨では気も晴れない。
 まずは元気が失せてきた。低気圧に弱いようだ。それと注意力が散漫になり出し、これでは外に出たかいがないので、戻ろうとした。だが、その先の休憩所の方が近いし、東屋があり、そこで雨は凌げる。いつもなら、その東屋が左に見えてきた辺りで目的地の半分ほど。目的地は商店街で、そこをぶらつくのが趣味。高いので、買い物はしない。
 東屋は公園の中にあるが、長細い。道沿いの余地のような。
 子供の遊技器などはなく、花壇と東屋があるだけ。どこが管理している公園なのかは分からないが、町内の自治体によくある児童公園ではない。下川原は初めてそこに入ることにしたが、入り口が遠いので、柵をまたいだ。
 この東屋は通るたびに見ているのだが、人が座っている姿を見た覚えがない。それ以前に公園に人がいた記憶がない。
 ポタリポタリの雨が強くなってきており、傘が必要。丁度のタイミングで東屋で座れたようなものだ。屋根が意外と深いためか、腰をかける場所まで吹き込まない。風があり、横殴りの雨なら別だろうが。
 下川原は煙草を吸いながら、いつも通る道を見ている。歩道の街路樹は桜。蕾がそろそろ膨らみ出している。
 そこを右から歩いて来る人がいる。見覚えはあるが、知人ではない。同じ時間帯にこの道を通る人で、後になったり先になったりする。今日は下川原の方が早かったようだ。
 下川原より少し老けた男で、急ぎ足。彼も傘を持って来なかったのだろう。行き先は商店街だと分かっているが、そこから先、何処へ毎日のように立ち寄るのかまでは知らない。商店街でたまにすれ違うこともある。
 男は下川原を見たのか、東屋を見たのか、近付いて来た。状況から察して雨宿りだろう。しかし俄雨ではなく、本降りになる雨のはず。天気予報で低気圧の接近を言っていたが、早くなったようだ。だから、こんなところで雨宿りなどせず、商店街に入った方がいいはず。
 東屋の椅子は四方を向いている。だから四つのベンチが四方にある。男はその一面に腰を下ろした。商店街を向いているベンチだ。
 お互い一寸首を曲げないと見えない角度。そして、そのまま二人とも雨を見ている。
 男はすぐに立ち上がり、傘を差し、商店街の方へ向かった。傘を持っているのだ。鞄の中に入っていたのだろうか。
 それなら降り出したとき、その場で出せばいいのだが、折りたたみ傘を鞄の中に入れていることを忘れていたのだろうか。
 東屋で休憩するにしても、短すぎる。さっき座ったばかり。角度的に見えなかったが、鞄の中を探していたのかもしれない。何かの下敷きになり、折りたたみ傘が見付けにくかったとかも考えられる。または本当に休憩だったのかも。
 しかし、その男がここで休憩している姿を見たことがない。たまに前を行く姿を、この東屋付近で見るが、そのまま商店街へ向かっている。
 春雨じゃ、濡れて行こう。ではないが、それほど雨脚は強くならないシトシト降り。十分休憩したので、下川原は戻ることにした。商店街散歩をする元気は、この雨でなくなっているので、真っ直ぐ家まで早足で歩いた。
 その途中、またあの男について考えてみた。下川原がいたので、東屋へ立ち寄ったのではないかと。
 
   了


 


2017年3月29日

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