小説 川崎サイト

 

誕生日の客

 
「誕生日を迎える前日、一つあります。それを無事に乗り越えれば、無事に一つ年を増やすでしょう。これは良いことなのかはどうかは分かりませんがね」
 占い師かどうかは分からないが、それなりの験者に、そう言われ、真一郎は不安になった。一寸先は闇とはいえ、この一年、それほど危険な状態になったことはない。その危険とは生死に関わることだろう。病んでいても年はとれる。大けがをしていても年はとれる。
 だから、平穏ではいられないような何かが起こる可能性を験者が示したのかもしれない。そんなものを示されると気になるではないか。しかし用心に越したことはない。明日は誕生日、今日一日無事に過ごせばいい。すでに昼を過ぎており、半日は無事。残る半日が問題で、来るとすれば、今からだ。
 しかし、真一郎が生まれたのは早朝らしい。験者はそこまで言っていないので、危ないのは夜までだとは思うものの、生まれた朝まで勘定に入れるべきかしれない。明日とは午前一時のこと。これで日は変わるが、そのとき真一郎はまだ産まれていない。
 一日を終え、これで無事だったと思い、床に入って寝ている間に、大きな異変に見舞われるかもしれない。
 それがお昼頃に産まれていたとすれば、明日の昼頃まで気をつけなくてはいけない。
 しかし、験者の言うことなので、おおよそこのことだろう。明日が誕生日なら、今日、無事に過ぎれば良いという程度。結構幅があるかのもしれない。
 旅の途中の真一郎。危険なことなど山ほどある。しかし、今日だけは慎重に行動し、余計なものに手を出したり、首をつっこだりしないように心がけることにした。
 宿を立ってから昼になるので、このあたりで休憩すべきと、ちょうど目の前にある茶店で腰掛けた。きっとここで何かあるはずだが、お茶と団子を食べただけで、特に変化はない。同席した茶碗売りの荷駄を見ながら、割れ物は大変だろうと話した程度。
 そして日暮れ前には何事もなく宿に入れた。そして、うろうろしないで、そのまま寝てしまった。
 用心のために早く寝たのがいけなかったのか、早く目が覚めてしまう。時間はよく分からないが、朝が近いのか、物音がする。朝の準備をもう始めているのだ。外は暗い。
 ここで真一郎はドキリとした。産まれた時間帯なのだ。少し明るくなり始めた頃なので、もう少しだ。
 それを思い出したとき、廊下に足音。近付いて来る。そして障子が開く音。暗いのでよく見えないが、人が入って来ている。相部屋ではない。厠にでも立ち、部屋を間違えたのかもしれない。
 人影が真一郎の布団に近付いて来る。暗くてもそれは分かる。
「来たな」と真一郎は験者の言葉を思い出した。これがそうなのだろう。
 人影が足元で座ったようだ。
 目が慣れてきたのか、明け始めたのか誰だか分かる。老人だ。
「行きます?」
 と老人が聞いてきたので、真一郎はとっさに「行かない」と答えた。
 老人はすっと立ち上がり、部屋を出た。
 生き神ではなく、死神が来ていたようだ。
 これがもし不治の病で苦しんでいるときなら、「行きます」と答えたかもしれない。
 
   了

 

 


2017年4月2日

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