小説 川崎サイト



近況

川崎ゆきお



「近況をお聞きしたいのですが」
「女子中学生だったかな。マンションだ」
「はあ?」
「分かりにくいかね?」
「はい」
「部屋で宿題でもしているらしい」
「あのう……先生の近況をお聞きしているのですが?」
「まだボケてはおらんさ。近況だろ、近況」
「はい、お願いします」
「宿題というよりは、カバンの中の整理でもしているのかな。それまでは宿題を教えていたかな。いや、あれは宿題ではなかったかもしれん。勉強の方法を話していたかも」
「はい」
「NHKの教育番組で若狭をやっていた」
「日本海の若狭ですか」
「あそこの港は大陸と繋がっておるとかね。昔からだ。学校の教科書でも出ていたかどうかを聞いたりしてね」
「その女子中学生とですか」
「そうらしい」
「違うのですか?」
「はっきり分からんのだよ。私は一方的に話していたような記憶がある」
「マンションとは、先生のお宅じゃないですね」
「彼女のマンションだ。高層マンションでな。一人で住んでいるようだ」
「話が見えてこないのですが……」
「私も見えてこない」
「はあ……」
「私は彼女の肩に手を延ばした」
「あのう、先生。よろしくお願いしたいと思うのですが」
「だから、近況を話しているじゃないか」
「しかし……」
「どんな気持ちかと私は聞いた。彼女は調べ物を続けている。下を向いてノートとか整理しているのかな。私は、これはいけると感じた」
「もう、それぐらいで結構です」
「それを見極めると私はもう満足した」
「近況は、こちらで適当に書いておきます」
「そうかね、せっかく話してるのに」
「先生、それは見た夢なんでしょ」
「夢は欲望を現しておるというから、話すには覚悟がいるんだよ」
「その夢はダイレクト過ぎませんか? そのままじゃないですか」
「まあ、話すような近況がなくてね。昨夜見た夢の話が近況だ」
「まだ、お元気だということが分かりました。ありがとうございました」
 
   了
 
 


          2007年4月16日
 

 

 

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