小説 川崎サイト

 

消えた寺

 
 郊外に引っ越した山梨は、何年か暮らしてから、ある日、急に不思議なことに気がついた。それは異変が起こったわけではない。町名だ。
 現住所の町名は足立寺町五丁目。五丁目まであるのだが、四丁目がない。だから、山梨は四丁目に住んでいることになるが、そのことではない。
 ないのだ。
 足立寺がない。それ以前に寺も神社もない。元々は田んぼだった場所なので、昔から続いている村に所属しており、町などここにはなかったのだ。それができたのは、宅地化のため、村を分割した。分けたのではなく、独立させたため、田んぼだけがあるような場所なので、寺も神社も、村のものはあるが、足立寺町にはない。その村は大石村で、結構広い。神社や寺はそこにある。
 新興住宅地なら、そういう例はいくらでもあるので、山梨は気にしていないが、寺の名前がついている地名なのに、寺がない。
 村には寺はがあるが、非常に小さなお堂があるだけで、普通の家と変わらない。その寺と足立寺との関係はなさそうだ。
 近所の人に聞いても、全員よそ者なので、村時代の旧家の人に聞いた。大きな屋敷に住んでいる人だが、気さくな人で、たまに野菜などを売りに来る。生活に困ってではない。
「足立寺さんですよ」
「え」
「お名前です」
「じゃ、寺とは」
「関係ありません。足立寺という人が昔いましてねえ。この地の人じゃありません。領主さんです」
「え」
「だから、荘園でした、あなたが住んでおられる足立寺町は、昔は足立寺領と言ってましたよ」
「じゃ、寺領」
「いや、公家さんらしいですよ」
「そうなんですか」
「この村は四人か五人の御領主さんがいましたよ。それで、今でも地名として残っていますが、二丁目とか、三丁目になって、それも消えました。しかし、足立寺は広かったし、独立したので、今も残っているわけです」
「じゃ、寺があったわけじゃないのですね」
「そうです」
「じゃ、そのお公家さん、足立寺さんは、どうなんでしょう。お寺と関係のある人だったのですか。そうでないと、寺の名前が」
「いや、そんなお名前の公家さんじゃなかったようですよ。ただの呼び名です」
「じゃ、足立寺とどうして呼ばれるようになったのでしょうか」
「そこまでは分かりませんよ。知る必要もありませんしね」
 きっと、その公家と足立寺とは繋がりがあったのかもしれないが、肝心の足立寺というのは、何処にあるのかは分からない。
 消えたお寺などいくらでもあったのだろう。これは後で分かるのだが、その時代、寺を下に付ける呼び名が流行ったことがあるらしい。
 
   了



2017年4月8日

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