小説 川崎サイト

 

年寄りの冷桜

 
「この桜、来年は見られるであろうか」
「さあ」
「おぬしはまだ若いから見られるであろう」
「さあ、それはどうでしょうか」
「この寺まで歩いて来られるじゃろう。その階段も平気で上がれるはず。わしはもう今年で限界じゃ」
「じゃ、下から見られては」
「上から見下ろす桜がいいのじゃ」
「でも、山門前も結構高いですよ」
「去年までは、この上の奥の院から見た」
「そこはもう山ですよ」
「もう下界が見えんほどの奥。山門の屋根を見下ろすのが好きじゃったなあ。桜と辛み、絵になった」
「今年は無理ですか」
「無理はしとうない」
「そうですねえ」
「しかし、今年も何とかここで花見ができた。それだけで十分かもしれん」
「はい」
「今、山門から上がってくるのは黒崎氏だ。わしより一回り上じゃが、元気よのう」
「もうすぐこちらへ来られますよ」
「いや、黒崎氏は奥の院まで行くつもり。去年もそうじゃった。わしは隠れる」
「別に隠れなくても」
「ここで根を上げたのを見られとうない」
「はい、金堂の横に参りましょう」
「うむ」
 黒崎氏はお供が遅れるほどスタスタと奥の院へと登って行った。
「元気な年寄りじゃ」
「毎日歩かれておられるからでしょう」
「そのためか。鍛錬しておるのじゃな」
「そうです。しかし、ああいうお元気な人ほど、来年は姿を見せないかもしれません」
「そうじゃな。その通りじゃ。さて、帰るとするか。ここに隠れていても、奥の院から見える」
「はい」
 老人は若侍と一緒に山門を下った。
 
   了

 


2017年4月13日

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