小説 川崎サイト

 

谷風

 
 とあるパーティーで盛り上がっているとき、風が吹いてきた。室内だ。空調だろうと誰も気にしなかったが、それにしては風が強い。
「故障でしょ」
「言ってきます」
 しかし、故障ではなく。緩く暖房が入っているだけ。その証拠にエアコンの吹き出し口の下へ行っても変わらない。そこからの風ではないようだ。
 パーティーはギャラリー内で行われており、グループ展の打ち上げのようなもの。
 窓は閉まっているし、ドアを開けても、屋内なので暖かい。風など吹き込むような状況ではない。
 何かの都合で送風状態になったのだと思い、気にしないで、また談笑となり、熱いほど盛り上がってきたところで、今度は強い目の風。
 エアコンの故障ではないと思っていても、やはり気になるので、もう一度誰かがドアを開け、言いに行った。
「おかしいですねえ。故障じゃないです」
 ビルの人が送風口の下でリモコンでオンにしたりオフにしたり、送風にしたりする。
「きつめいの送風にしてもらえませんか」
「いいですよ」
 しかし、その風ではない。
 だが、風はやんでいる。
 不思議なことがあるものだと頷き合っているとき、一人の客が、その謎を解いたようだ。
「谷風です」
「谷風」
「谷から吹き上げる風です」
「じゃ、ビル風のようなものですか」
「それとは違います。風がないときにはビル風も吹かないでしょ」
「そうでしたか。じゃ、何ですか」
「だから、谷風です」
「谷風って、何ですか」
「昼間に起こります。山が日差しで熱くなる頃でしょうねえ」
「はあ」
「すると、空気の密度が下がり、日陰にある谷底から空気が流れてくるのですよ。風です。これを谷風と呼んでいます」
「しかし山などここには、それも今は夜ですよ。熱せられるようなものなど」
「パーティで熱くなっていたでしょ」
「結構じゃないですか」
「ところが」
「何ですか」
「あの隅で、一人で静まりかえっている人がいるでしょ」
「黒田さんでしょ」
「あの人は話しにも加わらないで、じっと、冷ややかに」
「え」
「その黒田さんが、谷なんです」
「じゃ、黒田さんから吹き上げてくる風だったのですか」
「黒田さんが谷風を吹かせていたのでしょうねえ。これは作為的じゃなく」
「おい、黒田君」
 先輩らしい人が、黒田を呼んだ。
「だめじゃないか、一緒に盛り上がらないと」
「あ、はい」
 
   了

 


2017年4月14日

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