小説 川崎サイト

 

嘘の話

 
 ただの仏教説話。説法のようなもので、その教えを物語にしたものだが、誰が作ったものかが分からなくなっている。これは落語と同じで、戯作者不明とか、また語り継がれるたびに話が変わってくる。時代に合わせて。しかし、それらが流行っていた頃は更新されるのだが、そのままだと止まってしまう。古い話のまま。しかし、その古い話をするとき、また違ってくるのだが。誰も語らなくなった話は、意味がよく分からなかったりする。
 お経はそのままでは意味が分からないので、訳がある。また解説を加える人も多かったはず。
「抹香臭い話ですねえ」
「実はここに物語の秘密があるのですよ」
「ほう、どのような」
「後で調べれば仏教説話だったり、大陸方面にある話を焼き直したものだったりもしますが、それを消化吸収している間に、別のものになります。これはツールのようなものですが、そんな道具的な意味だけではありません」
「ほう」
「本来の意味とは違う。またはテーマとは違うものになるのです。今風にアレンジしたり、当てはめたりするのでしょうねえ。決して時代劇を現代劇に直すわけじゃありませんが」
「それが、何か」
「戯作者というのは、何かそれに相当するものがあって、それを劇にしたのでしょうねえ。現実に起こったこと、過去にあったことを素材にしてね。しかし、戯作を元にして戯作を作る場合もあります」
「コピーのようなものですか」
「そっくりじゃありません。リアルからではなく、フィクションからフィクションを作るようなものです」
「神話を元にして、話を作るとかですね」
「そうです。その状態になると、その神話が本物に見えてしまうことがあります」
「はあ」
「ここが少し面倒な話で、分かりにくい箇所ですがね」
「はい、分かりません。神話は神話でしょ」
「元になった話そのものがフィクションなのです」
「それは分かりますが」
「そして、元になったフィクションが、いつのまにか本当にあったことのように思えてきます」
「それはないでしょ。元が神話なら」
「神話なら分かりやすいですが、元になったものが神話ではなく、有名な話ではない場合、元は一体何だったのかも分からないわけです」
「確かに面倒な話ですねえ」
「本当にはなかったことでも、その話を何度も何度も語られ、また世間にも広く行き渡り、それが長い長い年月が立ちますと、本当にあったこととになる可能性を秘めています。全部じゃないですよ」
「そ、それが何か」
「そちらの方が、現実よりも現実になってしまいます。本当はそうじゃなかったと言っても、もう手遅れなのです」
「はあ、でも真実は別にあるのでしょ」
「真実ではなく、事実関係でしょうねえ。フィクションでも実録だと長い長い間思われてしまうと、これはもう現実になります。実際はどうであれ、現実のものとして機能してしまえば、そちらが現実になります」
「しかし、あまり関係がない話ですが」
「いえ、あなたの過去もそうなのです。そう思い込んでいる現実があるでしょ」
「事実とは違う根拠のようなものですか」
「思い違いでも、錯覚でもいいのです。それを長い長い間抱き続けていますと、本当は根も葉もないことでも、根が生え、葉が出てしまうのです」
「挿し木のように」
「そうです」
「難しい話ですねえ」
「本当のことよりも、嘘でもいいから今となってはそちらにした方が都合がいいためでしょうねえ。事実関係など脆いものですよ」
「はい」
 
   了


 


2017年4月16日

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