小説 川崎サイト

 

南北朝時代の古墳

 
 文字のようなものが刻まれているが、読み取れない。そんな漢字はないので、記号かもしれないが、何を表しているのかが見えてこない。ただの模様のように見える。曲線と直線が混ざり合う五センチほどの一文字。文字だとしての話だが。
 場所は洞窟の突き当たりの岩。人の目の高さよりもやや低い。その洞窟は人が掘ったものではない。入り口付近は人が手を加えており、四角い。しばらく進むと、下へ向かいゴツゴツとした岩と岩の隙間がグニャグニャと続いている。
 ここがこの聖地の最深部に当たるのだが、開かずの洞窟として、石垣で塞いでいたのだが、崩れたのだろう。人が通れる穴が空いている。
 聖地と言っているのは古文書に出てくるだけで、地図も何もなく、地名だけ。
 長くここが発見されなかったのは工場内にあるためだ。大きな敷地で、丘を飲み込んでいる。周囲は平野で、聖地としては珍しい。山岳地帯ではないためだ。
 この聖地、何の聖地なのかは分からない。手掛かりとなるのは入り口の石垣だが、これは平凡なもので、その造りから作り手を想像することはできないし、後から作られたものだろう。
 また、入り口から少しだけ続いている人工の洞窟も、自然の穴を広げている程度で、削り取っただけ。むき出しの岩を削っただから、これだけでも大したものだ。
 唯一の手掛かりは突き当たりにある謎の象形文字。ただ、一文字しかないので、何ともならない。その形は特殊な形ではなく、印鑑のように一寸複雑な画数にした程度。しかし、何が変化してそうなったのかは分からない。そして印鑑ほど複雑ではない。
 象形文字なら何かを象徴しているはずで、元になる具像があるはず。しかし、それは特定出来ないので、ただの模様だろうか。抽象模様なのだ。
 刻まれた当時、色が入っていたらしく、自然についた色ではなく染料を流し込んだようだ。殆ど色は消えているのは年月のためだろうか。
 洞窟内にはそれ以外のものはない。入り口に手を加えたことと、突き当たりの岩に文字が刻まれている程度。
 この工場、超巨大企業のグループ会社の一社で、名は知られていない。工場内にある公園に見える。丘と言っても低いので、築山のようなものだ。盛り土だと言われても信じるだろう。
 聖地と言われていたのは古文書で分かるのだが、それほど古い時代ではない。南北朝時代だろうか。その後、この丘に関する記載はない。
 しかし、この近くの旧家から、当時のことを思わせる日記が出てきた。メモのようなもので、儀式でもあったのか、それを用意する品々などが書かれている。ただの祭りの準備と同じようなものだが、その場所が、この丘なのだ。
 これは詳しく発掘すれば分かるのだが、文字があった場所の下を掘れば、何か出てくるはず。
 つまり誰かの墓。
 ただ、人間の墓かどうかは分からない。
 
   了




2017年4月17日

小説 川崎サイト