小説 川崎サイト

 

モヤ

 
 部屋の中にもやっとしたものが現れ、それが動いている。佐山は目に何か付いているのかと思い、擦るが、それではない。片目を瞑ってみると、やはり見える。目ではなく、実際に、目の先に、それがある。そのモヤは左右、上下に僅かながら動く。自分の目玉が動いているのかしれないが、さっと右の方へ移動した。
 そのモヤは丸いのか四角いのか分からないが、何かの形。目の前にあるのは本棚。その距離は二メートル半ほど。形もはっきりしないし、質感がない。そこだけ不鮮明に見えているような。しかしモヤの向こう側に見えているはずの本は見えない。
 右へ移動したので、佐山は目で追うと、右側にある壁に吸い込まれるように、消えてしまった。壁の向こう側は隣の部屋。
 佐山は襖を開け、隣の部屋に入るが、そこは普段使っていない八畳ほどの和室。床の間や仏壇がある。
 モヤの姿はもう見えない。別のところへ行ったのかもしれないと思い、別の部屋を探すが、見つからない。二階かもしれないが、無駄な気がして、書斎に戻る。
 そして本棚を見ながら、いつもの椅子に座る。
「壁だ」
 壁の中に吸い込まれるように入ったのは、すり抜けたのではなく、入ったのだ。
 壁は昔ながらの漆喰で、モヤが吸い込まれた辺りをよく見ると、少し色が違う。最初からそうだったのかどうかは分からない。しかし、モヤの正体が分からないので、壁を調べても無駄かもしれない。
 一番思い当たるのは仏壇。モヤもそれに属するものだと解釈すれば、話は通る。
 その仏壇には先祖代々が祭られているが、位牌はなく、過去帳だけ。最近書き写されたので、古くはない。そして七世代から昔は、もう分からない。
 しかし、モヤを霊的なものと解釈するのも妙だ。それならこれまで何度も見ているはず。
 壁に吸い込まれるように入ったのだが、壁に近付いたときに消えたのかもしれない。
 これは後で分かるのだが、書斎は庭に面しており、外が見える。車のライトが入り込むようなことはないが、何かの拍子で、何等かの光が差し込んだ可能性もある。
 佐山は、書斎のガラス戸を開けると、庭一面がモヤ。モヤモヤしたものが飛び回っている。
 これはモヤモヤしているときに見る夢だろう。
 
   了

 


 

 


2017年4月19日

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