小説 川崎サイト

 

新しい道具と古い道具

 
 長く使っている道具は手に馴染み、道具を道具としてあまり意識しなくなる。道具は手の延長であったり、腕の延長であったり、目の延長や耳の延長だったりする。
 その慣れ親しんだ道具より、より使いやすいものがあったので、田村はそれを最近使い出した。最初はいいのだが、何となく手に馴染まない。何となくではなく具体的に大きさや重さが違うため、いつものようには使えない。結構ギクシャクした感じで、いい道具なのだが、田村にとってはさほどではない。しかし、しばらく使っているうちに、それなりにこなれてきたのだが、あるところで馴染み込ませる限界を見た。つまりいくら使い込んでも、今まで使っていた道具のようには行かないことが分かった。
 そして、そのいい道具をやめ、いつもの道具に変えた。
 ところが、ギクシャクする。手に馴染まない。つまり、やめてしまった道具に身体が合っているのだ。
 いつも道具など意識しなくても、使いこなせていたのだが、それができない。
「身体が覚えてしまったのですね」
「そうなんです。何とか合わそうと、身体が努力したのでしょ。それでそっちの方に合ってしまい、今までスラスラと行っていた道具の方がぎくしゃくするようになりました」
「はい」
「どうしましょ」
「え、何がですか」
「戻るか、進むか」
「ああ、以前の道具に戻るか、新しい道具に進むかですね」
「新しい方の動具はいくら使っても、それ以上手に馴染みません。身体も限界があります。それ以上合わせられません。ですから、新しい道具は古い道具に叶わない。ところが、戻してみると、その古い道具が手に馴染まない」
「すぐにまた馴染みますよ。しばらく使っていれば、感覚を思い出します」
「そうだといいのですが」
「よくあることですよ。二三日もすれば」
 そして、二三日立った。
「どうです。戻りましたでしょ」
「はい、いつもの調子になりました」
「じゃ、解決ですね」
「しかし、新しい道具の方が性能がいいので、多少ぎこちなくても、そちらでやった方がいい結果が出るのです。この問題は、どうしましょう」
「はあ」
「それにいつもの道具なのですが、それが壊れたとき、それに代わるものはもう手に入りません。先がないのです」
「一生使えないわけですね」
「そうです。だから将来のことを考えれば、手に馴染まなくても、新しい今風な道具の方が好ましいのです。それで変えてみたのですがね」
「じゃ、そちらを使うべきでしょ」
「しかし、古いタイプは使い心地が良くて、使っているだけでも気持ちがいい。新しいタイプは違和感が抜け切れませんが、性能がいいので、捨てがたい」
「道具に身体を合わせるというのがあります」
「ありますねえ」
「身体に道具を合わせるというのもあります」
「ありますねえ」
「ですから、どちらとも言えないということです」
「言えませんか」
「はい。何ともも言えませんし、どうとでも言えます」
 
   了



2017年4月26日

小説 川崎サイト