小説 川崎サイト

 

レトロモダンホラー

 
 ネット上の仕掛けもので、一寸した小金を稼いでいた田辺だが、売上げが減り続けている。以前にもそんなことがあり、別のやり方で何とか乗り切ったのだが、それも限界があるようで、また切り替える必要に迫られている。数年持たないようで、今回は三度目。
 田辺はそんなとき、散歩に出る。呑気に歩いているわけではなく、頭の中は別の世界を彷徨っている。それで交通事故に遭わないのは、風景と重ね合わせながらなので、現実の風景もしっかりと見ているためだ。
 今の仕掛けもののキーワードはレトロ。その前はモダン。そして今回は何にするかだ。
 部屋を出てからしばくすると、以前借りていたアパートがある。取り壊されたので、今はもうないが、ワンルームマンションとして建て替えられている。大家は同じだが、業者に委託しているらしい。取り壊し前にそれなりの費用が出たので、難なく引っ越せた。しかし、今借りている部屋代は高い。
 アパート時代から始めた仕事だが、その頃行き詰まっていた。そして引っ越してからキーワードをモダンからレトロに変えると息を吹き返した。そして家賃も苦にならない収入を得ていた。結構いい時代が続いた。それがここに来て、前回と同じように下り坂。
 今回は取り壊しはない。もしあれば、もっと安いところに引っ越すだろう。以前住んでいたアパートのような。
 そう思いながら歩いているうちに、不思議なことに気付いた。何か様子が変なのだ。しかし、特に変化はない。
 田辺の頭の中は、下り坂の仕事のことで一杯一杯なので、あまりよく見ていなかったのだろう。気付かないままアパートの階段を上がっていた。かなりの期間住んでいたので、勝手知った建物だ。二階への階段を上がりきり、通路から数えて三つ目が田辺の部屋、足取りも、手すりを持つ癖もそのまま。
 ここでなぜ気付かなかったのかと、不思議なほどだ。なぜなら建て替えられたワンルームにそんな鉄の階段はない。
 ワッと思ったとき、手遅れではなかったことに気付く。まだワンルームの前に立っているだけなので。
 今のは何だったのか、そのまま自分の部屋に入りかけた。入れば何がそこにあるのか。
 待てよ。と田辺はキーワードを探した。これがそうなのだ。モダンの次はレトロ。そして次は……。
 アパートの鉄の階段。錆びている。手すりを強く引くとぐらぐらする。階段……怪談……ホラーだ。
 モダン、レトロ、ホラー。これは三部作。これだ。これで作り替えれば、何とかなりそうだ。
 そして、今回は集大成で、レトロモダンホラーということにした。
 思い立つとすぐに実行するのが田辺のいいところだ。散歩はここまで。
 今、思い付いたホラー仕立ての案を詰めるため、その先にある昔よく入った喫茶店へと向かう。ここは一人参謀会議室としてよく使っていた。
 木製の古びたドア。ツタがレンガに絡み、ドアを開けるとリンがなる。電気ではない。振動で鳴るのだ。そして薄暗い店内。
 しかし、と田辺は否定した。填まったかもしれない。さっきのアパートのように。
 
   了



2017年4月28日

小説 川崎サイト