小説 川崎サイト

 

落ち武者会

 
 時代から取り残され、もう誰からも相手にされなくなった人がいる。しかし、少数の人は相手にするだろう。人である限り、何処かの社会に入っている。
 その人が注目されたとき、誰かを追い落としたことになる。その追い落とした人も、またそれ以前にいた人を追い落としている。
 前田も忘れ去られた人なので、世間の片隅で静かに暮らしていた。今ではもう普通の人と変わらない。それは誰も来なくなった商店街の奥にある店屋のようなもので、客など滅多に来ない店と同じ。
「前田さんのお宅ですか」
 そのわび住まいに先達が訪ねてきた。
「ああ、これは黒川さん。久しぶりです」
 前田が追い落とした当人が来た。
「怖いですなあ」
「いやいや、昔のことですよ。それに前田さん、あなたも私ともう同じようなもの」
「はい」
「前田さん」
「はい」
「あなたに取って代わった竹中君ですが、彼も殿堂入りになったようです」
「そうなんですか。とんと世間に疎くて」
「業界から外れるとそんなものですよ」
「はい」
「しかし、私達の先輩である大河内さんはまだ健在です」
「あの人は、ずっとあのままでしょ」
「そうなんです前田さん。光らないまま」
「そうですね。一度も脚光を浴びませんでしたね。最初から誰からも注目されないで」
「その手があったのかと、今、後悔しています」
「大河内さんは僕なんかがまだ若い頃からいますよ」
「しかし、地位はその頃のまま。その他大勢の中の一人。大河内さんの時代など一度も来なかった」
「そうです。あんな先輩にはなりたくないと思っていました」
「しかし、今考えますと、彼の安定感に憧れます」
「安定感」
「不動の地位です」
「しかし、いるだけの存在でしょ」
「現役です」
「ああ、それはそうですが」
「私達引退組は彼のことを潜水艦と呼んでいます」
「潜水艦」
「一度も浮上しない」
「するでしょ」
「沈んでいるのが長いということです」
「はあ」
「そして誰にも見付からない」
「いや、ソナーとかレーダーか何かで分かるでしょ」
「海の底、すぐには発見できないでしょ」
「そうですねえ」
「いるかいないか分からない。しかしいる」
「そういうタイプなのでしょうねえ」
「いや、大河内研究を今やっているのですが、あれは作為的、計略なのです」
「そうなんですか」
「長生きの秘訣は脚光を浴びないことです」
「本当にそれを作為的に大河内さんはやっておられたのでしょうか」
「半ば性格だと思いますが、何度か大きな場に出られる機会がありました。それらを蹴っています。ここは作為でしょ」
「はあ」
「雑魚だと思っていたら、そうじゃなく、池のヌシのような存在だったのです」
「しかし、僕にとってはもうそれらは昔の話ですし、関係のない話になってしまいましたから」
「まあ、そう言わず、私達の仲間になって下さい。無理にとは言いませんがね。一度脚光を浴びて落ちた人は万といます。それらの集まりです」
「何というのですか」
「落ち武者会」
「はあ」
「今は落ちぶれていますが、錚々たるメンバーですよ」
「僕もそのメンバーに入れるのですか」
「資格は十分あります。あなたを追い落とした竹中君も追い落とされましたので、いい頃合いです」
 前田は落ち武者会の集まりに出席したが、リーダーの入れ替わりが早く、落ち武者会からの落ち武者も多く出ていた。それで第二落ち武者会が作られた。
 数年後、前田は落ち武者会のリーダになるが、すぐに第二落ち武者会へと落ちた。
 大河内研究の成果は出ていないようだ。
 
   了




2017年4月29日

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