小説 川崎サイト

 

引っ込んだ顔役

 
 その町のとある業界の顔役が田舎へ引っ越した。年を取ったためではないが、田舎暮らしをしたかったのだろう。山奥というわけではないが、少し辺鄙な場所。古い農家が昔から残っているような場所だが、別荘ではないものの、新しい住宅も建っている。安いためだろうか。車さえあれば逆に何処にでも行けるような場所。大きな街の丁度裏側になるためか、複数の都市との距離は似たようなものになる。
 その街から顔役が消えたため、中堅や若手はほっとした。この街には長老が何人もいるのだが、一番五月蠅い奴が消えたことになる。残る長老格は大人しく、もう人前には出なくなっている。喜んだのは中堅だ。長老格から見ればいつまでも若手に見られていた。
 この消えた顔役は、正に顔役で、この業界の何処にでも顔を出しているため、中堅達は自由にならない。
 その中堅達ももう結構な年になっているのに、若手扱いされると、うんざりする。その顔役の顔を立てたりする必要はないのだが、黙っていると、介入してくる。顔を出すのが好きな人だ。
 そのため、中堅達は子分のように慕ったりするふりを続けていたのだが、やはり目の上のたんこぶで、この先輩がいなくなることを暗に望んでいた。
 これで自分達の時代が来たと喜んだのだが、その顔役、始終その街へ現れる。車で来るにしても数時間かかるだろう。決して田舎に引っ込んだわけではなく、その街だけではなく、別の街にも顔を出している。どうせ距離的に遠いのだから、似たようなものだ。
 別の大きな街にも、その長老が来だしたので、逆に覇を広げたようなものだ。
 この顔役の家から都会へのルートだが、車が多いのだが、帰るとき、飲酒運転になるためか、夫人を連れてくる。この婦人が長老以上に面倒臭い女で、長老だけでも厄介なのに、Wで来るようになった。
 そして中堅達が苦しんでいる間に、中堅から見れば若手が、もうその長老など相手にせず、若手だけでことを始めていた。流石に長老の光も、若手にはその御威光は届かないようで、世代交代が上手く行ったことになる。
 可哀想なのは長老格からいつまでも若手扱いにされ、末席にしか座れなかった中堅達だ。
 顔役の影響は減ったのだが、中堅達は長老の域に達していたため、若手からも煙たがられた。
 その業界の末席にいた人達が、次の世代を継ぐとは限らない。
 
   了

 


2017年5月6日

小説 川崎サイト