小説 川崎サイト

 

雨の土曜日

 
 梅雨の肌寒い雨の土曜日。休みなのだが高田は出掛ける気がしない。いつもより遅い目に起きてきたというより、寝たいだけ寝て、自然に目が覚めたときに起きた。これができるのは休みの日だけ。土日が休みなので、起床時間はこの二日だけ違い。二日続けると、三日目は前日と同じ時間にならないと起きられなくなる。それが月曜日の苦しみなのだが、今朝はまだ土曜日。明日のことなど気にしなくてもいい。
 朝、食べるために買っていたパンも、土曜の分はない。急いでかじって出掛ける必要がないためだ。
 しかし腹が減ってきたので、近所の喫茶店でモーニングを食べることにした。近いので雨でも何とかなる。
 だが、その喫茶店のトーストはパサパサで、しかも硬い。コッペパンをかじっている方がましだ。それで、もう一つ先にある喫茶店まで行くことにした。予定では友人が開いている個展へ行くつもりだったが、少し遠いし、雨では気合いが入らない。駅からも遠い。郊外にある町にできた画廊だ。そんなものはすぐに消えてしまうはずだが、やっていけるのは道楽のためだろうか。
 高田も趣味で絵を画いていたのだが、その仲間の中で一人だけ頑張っているのが、その友人。
 家が裕福なのだ。それで遊んでいても問題はないらしい。いくら裕福でも、遊んでいてもかまわないという親ばかりではないが、その親たちも遊んでいるようなもの。資産家一家なのだ。
 もう一つ先の喫茶店に高田はいる。雨はきつくなってきており、しばらく歩いたので靴が濡れてしまった。ズボンの裾も色が変わっている。
 そこでふんわりとしたソフトタイプのトーストを食べる。今日は出掛けるつもりはないので、これが今日のメインだ。休みの日、何をしたのかを忘れるほど印象に残りにくいが、いつか何処かであの雨の日曜日、少し遠いところにある喫茶店まで行き、柔らかいトーストを食べたことを思い出すかもしれない。この喫茶店でこれを食べるのは二回目。だから日常化していない。
 特にこれということもなく、喫茶店を出て、また雨の中を戻っていたとき、見た覚えのある後ろ姿。長身で長髪で猫背。彼に違いない。こんなところにいるわけがない。今頃画廊にいるはず。人違いだと思いながら、じっと見詰めながら歩いていると、前方の男が振り返った。彼だ。そしてそのまま早足で歩き去った。
 何だろうと思ったのだが、その前に、彼は傘を差していなかったのだ。
 高田はすぐに電話をかけると、彼の声。そして画廊で待っているとのこと。
 やはり人違いだったようだ。
 
   了


2017年5月16日

小説 川崎サイト