小説 川崎サイト

 

大魔神

 
 魔界は日常の中にポカリと開いているのだが、気付かなければ幸いだ。魔界を知っている人は、それに気付いた人。これは不幸かもしれないが、敢えて不幸な世界に入り込むこともある。しかし、そこから出てこれるだろうという暗黙の了解がある。誰に対しての了解かは分からないが、その領海に入り込むと、宝船でも浮かんでいるのか、または日常では得られないものがあるのか、それは分からないが、その殆どは怖くなって戻ってくるだろう。
 魔界はその人が見出す領域で、これは地図には載っていない。地図にない世界なので、その風景は普通の世界と変わらないが、普通の世界が実は魔界だとすれば、何とも言いようがない。
 そうなると魔界が普通の世界になってしまう。普通なので、それは魔界とは言えないだろう。
「人は全て魔界に住んでおる」
「はあ」
「全てが魔界じゃ」
「はい、ご苦労様でした。また今度」
「話を聞け」
「昨日も聞きました」
「わしの話が妙に聞こえるか」
「はい」
「それは困った」
「きっとあなたが魔界に足を突っ込んでおられるからでしょう」
「そうか」
「だから、全部の人が魔界にいると言い張るのです」
「気付いておらぬだけじゃ」
「気付けば、何か良いことがありますか」
「ない」
「じゃ、無視して構わないわけでしょ」
「そうなんじゃが」
「じゃ、今日は、これで……」
「もっと、しっかりと私の話を聞いた方がいいと思うがなあ。大事なものを取り逃がすことになる」
「あなたはそれで、取り落としたのではありませんか」
「全ての人間が取り落としておる」
「はいはい」
「人類は魔界に住む魔人じゃ」
「それじゃ、魔人だらけではないですか」
「その中の親玉が大魔神」
「神ですか」
「そう、魔界の神様じゃ」
「その人の役目は?」
「この神には下々のような役目はない。存在そのものが役目と言えるがな」
「それであなたは大魔神になろうとされているのですね」
「そうじゃ」
「じゃ、魔界も普通の世界も似たようなものじゃないですか」
「だから、この世は魔界だと言っている」
「もう、そんな面倒臭い話は」
「嫌いか」
「はい」
「だから、魔界が見えぬのじゃ」
「はいはい。お大事に」
 
   了



2017年5月20日

小説 川崎サイト