小説 川崎サイト

 

入らずの町

 
 古義の町があり、古義駅があることは知られているが、よく知られた町ではない。観光地でもなく、何かあるような町ではない。しかし、このローカル線沿いの町としては大きく古い。町としての固まりがしっかりとある。駅舎は古く、町の規模並みの格式がある。他の駅は建て替えられているのに古義駅だけは取り残されたかのように眠っている。
 多くのは人は古義には興味はない。通過するだけの駅。古義の町も知っているが、それだけのこと。
 古義の町には学校も病院もあることから、町の中だけで用が足せたりする。だからというわけではないが、他の町で古義の人を見る機会はない。また、古義から他の町に出掛ける人も少ないようだ。
 古義の駅で乗り降りする人は古義の人ではなく、外から来た人。そのため、そのローカル線で古義の人を見かけることも希。
 ある旅行者、これはローカル線の旅を楽しむ人だが、古義の駅に降りた。そのときの三島氏の日誌が今も残っている。
 古い街並みが続き、観光地にしてもいいほど、よく保存され、木造の古い小学校や図書館も残っている。
 三島氏が町を訪れたとき、その臍のような場所を探すのに長けていた。町で一番賑やかな場所ではなく、その町を象徴するような場所だ。
 それがどうやら細く入り組んだ坂道の多い場所にあることが分かった。地形的には城でもあったような場所。殆ど山の斜面にかかっている。しかし家並みは続いており、奥へ行くほど古い。寺か神社にでも出るのだろうと思っていると、そうではなく、教会か、修道院のようなレンガ造りの塔が見える。十字架はない。
 ここがおそらく臍だろうと、三島氏、もうここでは探検家だ。
 その入り組んで階段の多い細い道、意外と人通りが多い。あの建物に用があるのだろう。
 こんな場所まで来る余所者はいないのか、町の人達は目を合わさない。無視している。それがかえって意識されていることになる。
 かーん、かーんと鐘が鳴る。寺の釣り鐘ではない。もっと甲高く軽い。あの建物からだろう。
 塔が近くに見えてきたとき、今までにない視線を感じた。何十人もの人間が建物の中から覗いているのだ。その姿は見えないが、フラッとなるほどの視線の集中砲火浴びている。
 三島氏は足が止まった。それ以上行けないのだ。
 そして横の枝道に入ると、視線攻撃は緩んだ。さらに下へ向かうと、楽になった。
 駅までの道で、多くの町の人とすれ違うが、誰も目を合わさない。
 そして振り返ると、また鐘の音。旅行者は町に押し出されるように駅に入った。ものすごい圧力を受けたのだ。しかし、誰かから何かをされたわけではない。
 降りては行けない駅、入っては行けない町だったようだ。
 この日誌が残っているだけで、三島氏のその後は分からない。日誌はそこで終わっている。
 
   了


2017年5月21日

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